――神暦9102年1月1日
アルヴヘイム王国では毎年恒例の新年祭が開かれていた。特に今年は氾濫戦争終結から50年という節目の年でもあり、王都アルヴリアは例年以上の参加者で賑わっていた。
『先代のアルヴヘイム国王が魔王を倒して50年。我が国は戦後の復興を成し遂げ、今日この日を迎えることができた――』
アルヴヘイム国王の演説はアルヴリア城前の広場で聞く人たちだけでなく、各所に設置されているスピーカーによって王都全域へと届けられている。人々はそれを聞きながら、思い思いに新年祭を楽しんでいる。
「そうか、ついに店を構えるんだな。おめでとう、レン」
この日、シン・アマガツは王都アルヴリアを訪れていた。普段はハンターとして周辺諸国を渡り歩いているが、今日は双子の弟であるレンに会うために帰国していた。
「兄さん、気が早いよ。まだお店の引き渡しも済んでいないのに」
レン・アマガツ……鋭い目つきをしたシンとは対照的に穏やかな目をしているが、それ以外は双子だけあって顔つきや雰囲気がよく似ている。
「別に良いじゃねえか、そんな細かいこと。なあ、オヤジ」
「それに関しては、リューネの言う通りだな」
リューネと呼ばれた赤髪の女性は、椅子の隙間から垂らした赤い尻尾をゆらゆらと揺らしている。彼女はアマガツ兄弟と共にアルヴヘイム国王の港町サースレイで生まれ育った幼馴染であり、今日は父親に同行して王都を訪れていた。
「そう言えば、どこに店を構えるんだ?」
「城前の広場につながる大通りに面した店だよ。ほら、僕がここの商業学校に通うときにお世話になったお店」
「あそこの爺さんが去年引退して店仕舞いしてな。どうせ売りに出すならレンに売ってくれって俺から頼んだんだ」
レンが王都の商業学校に通っていた時は、親父さんの知り合いが経営している道具屋に下宿していた。その関係でシンもよく利用していたが、しばらく来ないうちに閉店してしまったらしい。
「お店の改装が終わったら、まずはリューネの家に置いてある僕の私物を全部移すよ」
「この機会に俺も荷物を引き上げるつもりだ」
「馬鹿言え、あそこはお前たちの家だ。遠慮するんじゃねえ」
両親を同時に亡くしたアマガツ兄弟を引き取ったのは、家族ぐるみで親交のあったリューネの家だった。当時10歳だった2人も今では20歳……息子同然に思っている親父さんにとって、2人の親離れに寂しさを感じてしまう。
「馬鹿はオヤジだよ。レンは婚約者と籍を入れたんだから、アタシらがいたら邪魔だろ」
「分かってるよ。それにしても、レンがまさかあんな美人さんを嫁にするとはな。羨ましいぜ」
レンは今回サースレイに婚約者を呼んで、シンやリューネの家族に紹介していた。彼女は長い銀髪をした美しい女性で、新年の門出と同時に入籍した。
「彼女も連れてくれば良かったんじゃないか?」
「頼んだ結婚指輪も受け取りに行くからそうしたかったんだけど……彼女は人混みが苦手だから」
特に今日は新年祭ということで、王都中が人で溢れている。彼女はそういう場に慣れていないらしく、リューネの母親と一緒にサースレイで留守番をしている。
「さーて、飯も食ったし、そろそろ行くか」
「僕は親父さんと一緒に行くけど、兄さんとリューネはどうするの?」
「俺は、ハンターギルドに顔を出してくる」
「アタシは武器屋に用があるからそっちだな」
食事も終え、レストランを出ながらそれぞれの予定を確認する。レンは親父さんと一緒に知り合いのお店へ、リューネは武器屋に、シンはハンターギルドと別々の用件を伝える。
「分かった。じゃあまた後でね」
レンの言葉に見送られながら、シンはハンターギルドに向けて足を運んだ。
……
…………
ハンターギルドに寄ったシンだったが、めぼしい仕事もなかったためリューネのいる武器屋に足を運ぶ。すると丁度用事を済ませたところだったらしく、先ほどは持っていなかった槍を担いだ彼女が退店したところに鉢合わせる。
「新しく買ったのか?」
「いや、修理に出したやつだ。先端が潰れちまったからな。お前も何か買いに来たのか?」
「俺は帰ってくる前に槍を新調したから、特に買うものはないな」
リューネが持っているのが三つ又の槍であるのに対し、シンは幅広な三角形の穂先を持つ槍【パルチザン】を見せる。扱いやすいうえに刺突にも斬撃にも使えるとあって、彼はこのタイプの槍を愛用していた。
「あ、やっぱりリューネさんだ」
「お久しぶりです」
2人が話をしていると、武器屋から出てきた1組の男女に声をかけられる。どちらも真新しい細身の剣と小さな盾を携えており、背中からは先端が黒くなっている白い羽が生えている。
「お、ショウとズイか。その恰好、冒険者になったのか?」
「はい。成人したので今日登録に行きました。家を出る時に餞別を貰ったので、剣と盾を買ったところです」
冒険者になったので装備を買いに来たところ、店内でリューネを発見したため挨拶に来たらしい。
「確か、リューネが冒険者について教えてたっていう双子か?」
「そうです。あなたはシンさんですよね。目つきが鋭い人ってリューネさんから聞きました!」
「ショウ、それは失礼だよ……」
「別にいい、事実だしな」
リューネに双子の弟子がいることを聞いていたし、目つきについても自覚しているのでシンは軽く受け流す。ちなみに2人はショウが姉でズイが弟である。
「リューネさんはこれからどうするんですか?」
「今日はこいつを受け取りに来ただけだからな。適当に祭りを見て回るつもりだ。一緒に来るか?」
「はい」
シンとリューネは双子を連れて新年祭で盛り上がる王都アルヴリアを満喫する。大通りを抜けて広場に出ると、何か催し物でもあるのか多くの人が集まっていた。
「勝者ソフィア様!」
「おおおお――ッ!!」
その中心では鎧を身に纏った女性が、倒れた大柄の男性に細身の剣【レイピア】を突き付けていた。どうやら腕試し大会を行っているらしく、ディーラーの男が賭けに勝った観客に賞金を配っている。
「え、嘘。王女様!?」
短めの金髪から覗く尖った耳と翠色の眼を持ったエルフの女性に、ズイは思わず驚きの声を漏らす。彼の言葉通り、彼女はアルヴヘイム王国第1王女ソフィア・L・アルヴヘイム本人であった。
「ソフィア様、約束ですから次で最後ですよ」
「分かっています。ちゃんと返しますから、心配しないで」
お付きの女性騎士の心配をよそに、ソフィア王女は彼女から借りた鎧とレイピアで次の試合に臨もうとしている。周囲では賭けに勝った負けたで盛り上がっており、ディーラーの男が次の対戦相手を募集する。
「さあ、次にソフィア様に挑む人は一体誰だー!?」
「はい、私が挑戦します!」
「あ、ずるい。僕もソフィア様と手合わせしたかった」
ショウに先を越されたことでズイは口を尖らせる。ソフィア王女が騎士としての訓練を受けているというのは有名な話であり、腕試しの相手としてはこれ以上ない相手だった。
「冒険者になりたてだろ。大丈夫なのか?」
「連携なら誰にも負けませんよ!」
「これは1対1だ、馬鹿」
シンの心配をよそに、リューネは的外れなことを言うズイを小突く。そうこうしているうちに準備が整ったらしく、ショウがレイピアの柄を握りながら広場の中央に上がる。
「さてさて、次の対戦は……旅の冒険者相手に3連勝! アルヴヘイム国王が誇る美姫、ソフィア様!」
「おおおお! 姫様ああー!」
「対するは……本日登録したばかりの新人冒険者! 真新しい武具が初々しいショウちゃんだ!」
「お嬢ちゃん、大穴頼むぜ!」
女性同士の試合ということもあり、ディーラーによる紹介で観客たちが大いに盛り上がる。提示されたオッズはソフィア王女が1.3倍に対し、ショウは3.0倍と差が付いている。それでも実力が未知数であるだけに、大番狂わせを期待する声も上がっている。
「ソフィア様が相手でも、手加減はしません」
「もちろんです。受けて立ちましょう」
視線を反らすことなく、互いに見合ったまま剣を抜いて構える。準備は万端……後は試合開始の合図を待つだけだった。
「それではそれでは! 午後の部第8戦――」
今まさに試合が始まろうとしたとき、突如広場に設置されているスピーカーから大音量のサイレンが鳴り響く。突然の出来事に観客たちの間にどよめきが起きる。
「なんだ?」
すぐにシンが辺りを見回すが、視界に映る範囲で特に変わったことは起きていなかった。当然試合どころではなく、ソフィア王女もショウも先ほどのサイレンに疑問を浮かべている。
そしてしばらく鳴り続けたサイレンが止んだとき、スピーカーから野太い男の声が聞こえて来る。
『ごきげんよう。アルヴヘイム国王の諸君。我が名はガリウス・ダーク、魔王の意思を継ぐ者である』
これが、現代に蘇った魔王が発した最初の言葉だった。
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