01-11 英雄と勇者召喚と魔眼

the night sky is filled with stars and trees

 意識不明の重体だったソフィア王女がようやく目を覚ました。アルヴヘイム王国第1王女であるソフィア・L・アルヴヘイムの両手足には包帯が巻かれ、マルームに身体を支えてもらいながら荷台の縁に座っている。

「クソったれ! 俺たちゃ、陛下を守れなかったのかよ!」

 現状の把握もかねて、お互いに今までに起きたことを改めて伝える。ジェイコブ隊長は拳を地面に叩きつけながら、ソフィア王女から伝えられた国王たちの死に打ちひしがれる。

「魔王ガリウスは自らの理想郷を作るために、王国の乗っ取りとかつての英雄を殺そうとしているわ」

「英雄って?」

「剣聖ムラクモ、奇跡の聖女リファーゼ、英雄王カイエル・D・アルヴヘイム、精霊の戦姫エルフィーテ、虚無の魔導士テトラ・ニヒルス、禁忌の魔人ハクロ……50年前に魔王ギルガノスを倒して戦争を終わらせた6人のことよ」

 何も知らないアキトに、ソフィア王女は魔王ガリウスが狙う英雄について簡単に説明する。彼らのうち、ムラクモ、リファーゼ、ハクロの3人は何十年も前から消息不明であり、カイエルは彼女の祖父……すなわち先代のアルヴヘイム国王であったが、若くして亡くなっている。

 そして今回の襲撃で彼女の祖母で先代のアルヴヘイム王妃であったエルフィーテが殺害された。

「ということは、次はテトラさんを狙うってことですか?」

「そうなるわね」

 唯一生存と所在が判明しているテトラ・ニヒルスは、ラディウス法国で魂に関する研究を行っている。アルヴヘイム王国とは海を挟んで東に位置するため、魔王軍が次の侵攻目標とする可能性が高い。

「それよりも……アキト、貴方はいったい何者なのかしら? 宮廷魔道士ではないみたいだし、精霊の眼を持たないのに魔王の竜の首が見えたそうね?」

「それは……」

 ソフィア王女の追及に、アキトは自分についてどこまで喋るべきか悩んでいた。だが、彼女の全てを見通すかのような翠色の眼と、現状を受け入れきれない不安に耐えきれず、自身の身に起きたことを覚えている限り話した。

……

…………

「……転生者? なんだそりゃ?」

「僕も知らないな」

 ジェイコブ隊長やシグレだけでなく、他の人たちもアキトの話に困惑している。そんな中、ソフィア王女が何かを確かめるように尋ねる。

「アキト、貴方はここでも異界でもない、別の世界から来たと言うのね?」

「はい」

「勇者召喚……まさか本当に存在していたなんて」

 ソフィア王女の言う召喚魔法【勇者召喚】……もしそれが言葉通りの意味であれば、アキトは勇者としての役割を期待されてこの世界に召喚されたことになる。

「え? それってただの噂話じゃあ」

「おいおい、その勇者召喚っていうのはなんなんだよ?」

 マルームはその言葉に聞き覚えがあるようだが、全く知らないジェイコブ隊長がしびれを切らして問いただす。

「異界の更に外側……すなわち外界から、術者の願いを叶える者を召喚する魔法です」

「新たなムラクモを求めてか」

「どういうことですか?」

 マルームの説明にジェイコブ隊長は思い当たる節があったのか、ムラクモの名前を出して納得する。有名人らしく他の人たちも納得しているようだが、アキトはその人がどんな人物なのかを知らない。

「ムラクモ様は外界から召喚された人物なの。当時の魔道士たちが外界からの召喚を試みて、リファーゼ様の1回しか成功しなかった奇跡の証……」

 50年以上も昔、世界は魔王ギルガノス率いる氾濫軍と戦争をしていた。劣勢だった人類が逆転のために異界よりもさらに外側【外界】から召喚した唯一の存在……それがムラクモだった。

「そのムラクモさんは、この世界の人と何か違ったんですか?」

「外界人のムラクモ様は言葉が通じず、魔力を持っていないという特異な存在だった……だけどアキトはそうではない」

「待ってください。僕は本当に――」

 ソフィア王女が言うにはムラクモはこの世界ではありえない特異な存在だった。そうではないアキトは自分が転生者である事を改めて主張しようとするが、彼女は手を向けて制止する。

「その魔法は戦後、禁術として封印されたはずなの。それがなんで今になって噂になっているかは私には分からないわ。だけどおそらく――」

「最近になって成功させた者がいた。アキトのように言葉が通じ、魔力を持つ者を呼べるようにして」

 マルームの説明にエスカが続く。禁術でなくても成功する見込みのない魔法である。奇跡の再現か好奇心の執念か分からないが、秘密裏に研究してきた人物がいる可能性を推測する。

「噂だと、召喚されるのは術者の願いを叶える者か……なら、アキト君はどんな願いで召喚されたんだろうね?」

(転生する時に告げた僕の願い。それが能力として現れたとしたら)

 シグレの疑問に、アキトはアルヴリア城で透明化しているはずの竜の首が見えたことを思い出す。見えない物が“視える”……それが術者の願いを叶えるための能力なのかもしれないと思い浮かべる。

「……アキト、こちらに来て。眼を見せてもらえるかしら」

「はい」

 アキトは言われた通りに近寄ると、眼鏡をマルームに預けて顔を差し出す。そしてソフィア王女が両手で抑えると、顔を近づけて彼の目を覗き込む。

(ちょっと照れるけど……ソフィア様の眼もエメラルドみたいで綺麗だ)

「黒色かと思ったけど、近くで見ると青色を帯びているのね」

「そうなんですか?」

「ええ、眼に魔力が流れているわ。それが色として出てきているのよ」

「これ、実験室にあった眼鏡でしょ。魔力の透過を抑える効果があるから、誰も気づかないはずだわ」

 自分の眼の色なんて気にしていなかったので、アキトは初めて知った事実に驚きを隠せなかった。マルームが言うように眼鏡自体にも魔力の透過を抑える効果があるため、今まで一緒にいたシンたちも気付いていなかった。

「これは魔眼ね……だとしても、なんでずっと発動させたままなのかしら?」

「え、魔眼ってどういうことですか!?」

「魔眼というのは種族固有の先天的なものと、魔法で眼の機能を拡張・強化したものがあるの。眼に魔力の色が出るということは、アキト君は魔法で魔眼を使っていることになるんだけど……それならオンオフの切り替えができるはずだし、常時発動なんて魔力も脳も消耗するから普通はしないわ」

 例えば、マルームやソフィア王女が持つ精霊の眼は、大気中の魔力の流れを視ることができる。これはエルフなどの精霊系の種族が先天的に持つ魔眼で、魔力の色とは関係なく眼の色は翠色をしている。

「それで、僕の眼は何の魔眼なんですか?」

「……わたくしの両手に何が“視える”かしら?」

 ソフィア王女は両手の手の平を開いて差し出す。はたから見るとただ手を差し出しているようにしか見えないが、アキトの眼には確かにそこで起きていることを捉えていた。

「左手からは何も……右手には魔力の柱が2本見えます」

「それなら、その眼はラプラスの魔眼ね。魔法を発動させるために構築したマトリクスを視ることができるわ」

 アキトの答えに、魔法のマトリクスか視える魔眼【ラプラスの魔眼】であることをソフィア王女が告げる。ちなみに左手からは魔力を薄く出していたらしく、これが視えたら精霊の眼を再現した魔眼ということになるらしい。

「ラプラスの魔眼は、魔法が視える以外に何ができるんですか?」

「直接的にはそれだけの魔眼だけど……拡張された感覚を処理するために思考の強化も付随しているから、訓練すれば視認したマトリクスからどんな魔法が発動するか判断できるようになるわ」

(凄い。この魔眼があれば、僕はより深く魔法を理解できるかもしれない)

 マトリクスを構築することが魔法発動のプロセスであるため、それを読み解けばどんな魔法が発動するかまで理解することが出来る。マルームの説明を聞いて、アキトは自分の持つ魔眼の可能性に期待を膨らませる。

「初めて知った。そんな魔眼もあるのか」

「用途は主に魔法の研究用ですからね。縁が無いと知らないのも無理は無いですよ」

 シン以外にもクロムウェル隊の何人かも、ラプラスの魔眼について初めて知る。これはシイがフォローするように、世間的な知名度はほぼないニッチな魔眼であるからだった。

「ラプラスの魔眼が僕に与えられた能力だとして、術者の願いは何でしょうか?」

「そもそも誰が召喚したんだ? 俺が行った時には術者はいなかったぞ」

 シンが当時の様子を振り返るが、アキトを召喚した人物は見ていない。状況的には、誰もいない地下室で突然召喚されたとしか思えなかった。

「召喚……いえ、転生によって貴方がその眼を与えられたというのなら、それはきっと魔王ガリウスに対抗するためでしょう」

(確かにそうかもしれない。でも、だからと言って魔王と戦うなんて……)

 ラプラスの魔眼であれば、魔王ガリウスの使う透明化の魔法を見破ることができる。たとえ術者がいなくても、あの時、あの場所で、都合の良い能力を持って転生したというのは事実である。それはアキト自身も感じており、ソフィア王女の言葉を否定できなかった。

「……僕は、この世界で生きる術を身に着けるために冒険者になろうと思っています。勇者とか魔王とか言われても困ります」

 魔王に対して何かできるとは思わないし、国の命運を託されても背負えるはずもなかった。絞り出すように自分の意志を伝えるアキトに対し、ソフィア王女が優しく手を握ってくる。

「貴方に全ての責任を負わせるようなことはしません。冒険者の1人としてでも構いません。その時が来たら、国を取り戻すために貴方の力を貸して欲しいのです」

「約束はできませんよ?」

「わたくしの言葉を覚えていてくれたら、それで十分です」

 握られた手からソフィア王女の温もりが伝わってくる。包帯が巻かれた痛々しい姿とは逆の真剣な眼差しを向けられ、アキトはただ引き込まれながらも自らの意思を伝える。

「狭霧アキト……貴方は生きなさい。生きてこの国を出て、テトラ様に会いなさい。今後どのような道を歩むにしろ、召喚された理由を知ることがこの世界で生きるための選択肢を与えるはずです」

「……分かりました。テトラ様に会ってみます」

 テトラ様なら勇者召喚の魔法についても何か知っているかもしれない。使命に従うにしろ背くにしろ、それが何なのか分からなければ決断のしようがない。そう判断したアキトは、ソフィア王女の提案を受け入れることにした。

「貴方はシン・アマガツといいましたね。申し訳ありませんが――」

「心配しなくていい。アキトに冒険者になることを勧めたのは俺だ。テトラ様に会うまでは面倒見るさ」

「ええ、お願いしますね」

 その後、今後の進路を話し合ったところ、北の国境沿いにある駐屯地へ向かうことになった。そこには国境警備のための兵士が集まっている。魔王軍に制圧されていないことを祈りながら、夜明けと共に出発することとなった。


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