「はぁ……はぁ……」
息が苦しい。
「はぁ……はぁ……うぅ……」
もっと空気を吸いたいのに、口を開けようとするだけで胸が痛む。
「――! ――!」
聞き取れないけど、この声は多分朝に来てくれた看護師さんだ。目を開いているのか、閉じているのか分からない……まるで初めから目なんてなかったかのように、明るいとも暗いとも感じられない。
(ここまでかなぁ。せめて家族と新年を迎えたかった……)
最期まで残っていた苦しみの感覚も徐々に無くなっていき、私は神の元へと還って行った。
(健康な体だったら、こんなに酷くならなかったのにな)
私が生きた30年……病弱な体と付き合いながら、人並に働いて日常生活を送っていた。しかし世界的に流行した感染症を患い重篤化、そして入院中に容態が急変してしまった。
『ならば、その願いを叶えて復活させよう』
「え、神様!?」
突如頭の中に声が響き、白い光が私の視界を覆う。気付けば周囲は真っ白な空間になっており、目の前には白いローブを着た顔の見えない老人が立っていた。
その雰囲気に私は直感で、神様であると理解した。
『君は“彼女”だ。そして“彼女”も君と同じ苦しみを抱えておる』
神様が連れている少女――“カナ・C・バーストン”と目が合った。彼女は私の半分ほどしか生きていない年齢で、身なりは綺麗だが肉体が衰弱しているのが分かる。
「どうして? その子が私なら、願いは叶えられたんじゃ……?」
『叶えるのは君の願いだ。“彼女”はまだ君になれておらん』
「あ……」
理屈は分からないけど、私たちは1つにならなければいけない。私がここにいる限り、“彼女”は不完全な状態のままだ。
『ねえ、目を覚まして。私はもっと生きたい!』
「!? ごめんね。苦しかったよね……」
懇願するように絞り出された声を聞いて、私は咄嗟に“カナ”を抱きしめる。自分と相手の鼓動が温もりと共に流れてきて、次第に同期していく。
そして私が“カナ”であった記憶が呼び覚まされる。
……
…………
「刻死病だと!?」
「はい、症状を抑えても成人までは……」
カナ・C・バーストンも生まれつき体が弱かった。それは“前の私”より酷く、5歳の頃に不治の病を宣告された。病名を聞いたお父さんは激しく動揺し、診断した医師も悲痛な面持ちをしていた。
「お父さん……」
「大丈夫だ。医療も進歩している。10年あればきっと」
生まれてからも、そして病気が判明してからも、両親と2人の兄は私に惜しみない愛情を注いでくれた。だからこそ苦しみに耐えられたし、生きていく意思も折れなかった。
「はぁ、はぁ……うぐっ」
「お嬢様!」
「ケ、ケビン……助けて……苦しい……」
それでも10歳になる頃には自力で歩けなくなり、14歳の時には植物状態になった。持てる伝手を駆使して最新の医療を受け続けていても限界があった。
『カナ、今日はいいお知らせがあるの』
『僕の結婚が決まったんだ……うん、そう。カナも昔から知ってるあの人だよ』
『……ドレスを着てみたい? そうね、私とお揃いのドレスがあるの。それを着てお祝いしてあげましょう』
お母さんとサレス兄さんが念話で語り掛けてくれる。この頃になると微かな念話だけが、意思疎通をする唯一の手段だった。
『カナ、今日はテトラ様を招いた』
『俺もあまり帰ってこれなくて悪いな。それでも今くらいは……』
15歳はなんとか迎えることができた。しかしもう微かな念話すらできなくなっていた。これが最期の賭けだと私も理解しながら、お父さんとターレス兄さんがテトラ様を連れて来た。
『君の魂は風前の灯火だ。だからそこに、魂の断片を継ぎ足していく』
『……』
テトラ様の語りと共に優しく魔力に包まれる。そして白い光が射し込んだかと思うと、辺り一面が真っ白な空間になっていた。
(あれ、立ってる? それで、この人たちは?)
そこには私を連れて立つ神様と、驚いたように見つめている“前の私”がいた。そんな彼女を私も見ていると、もう何年も開くことができなかった口から自然と声が出る。
「ねえ、目を覚まして。私はもっと生きたい!」
これが私の願い……“前の私”と同じ願い。
『!? ごめんね。苦しかったよね……』
“前の私”が私を抱きしめてくれる。ずっと求めていた温もりに私は泣きながら縋り付いた。同期していく心臓の鼓動と共に、“前の私”の記憶が混ざっていく。同時に2つの人生を歩んできたような状態になるが、私の中の欠けていたものが満たされる……そんな感覚だった。
「あ、生きてる……苦しくない」
――初めまして。そして、おはよう。
「テトラ様、ありがとうございます。本当に、治していただけるとは!」
「……私じゃない。用意した魂の断片は全て弾かれた……奇跡としか言いようがない」
目を覚ました私の声を聞いて、歓喜と困惑の声が病室の中に響き渡る。テトラ様の言うように奇跡だったとしたら、世界を揺るがすような出来事だったかもしれない。
(私は生きてる。この世界で、カナ・C・バーストンとして……)
それでも私は受け取ったものを噛みしめながら、“今の家族”と生きていけることに感謝する。

「苦しかった記憶は残ってます。でも……だからこそ、健康であることのありがたみを忘れることなく生きていけるんです」
「カナさんが無事に治ったのは何よりです。ですが、やはり――」
カナが転生者であるという告白を聞いて、その場にいた全員が言葉を失う。ルーメリアが彼女の苦難に寄り添うが、困惑を隠すことはできなかった。
「刻死病が治ったなら、世界初の偉業だぞ」
魂が痩せ細っていき最後には死に至る病【刻死病】……その発生原因は現代でも不明で、いくつかの仮説が立てられている程度しか解明されていない。
シンが言うように、この不治の病を治したという記録は存在しない。
「恐らく記憶を取り戻したことで、不安定になっていた魂が安定した……刻死病が完治したのはそのためだろうと言うのが、テトラ様の推測だ」
カナの身に起こった事象についての仮説を、バーストン公爵が語る。しかし現場にいたテトラも含めて、それを確定する根拠は何もなかった。
「カナさんが転生者……じゃあ、その前はボクと同じ世界に?」
「はい。同じ世界、同じ時代です。日本にも観光で訪れたことがあります」
ユースケを発見したその時に、カナは彼が同じ世界の転生者であることを知った。だからと言ってあの場で言い出せないことは、皆が理解していた。
「そういう事情もあって、私は貴族のルール以前にこの世界についても分からないことが多いです。だから知っている人の手を借りたいんです」
「……ここまで聞いたら、断れないじゃないですか」
元々断るつもりはなかったとはいえ、カナの重大な秘密を知ってしまったグリドリンは改めて彼女の依頼を承諾する。そんな2人を尻目にバーストン公爵がアキトに語り掛けてくる。
「アキト君、勇者召喚について私が話したことは覚えているかな?」
「はい……その事で、バーストン公爵には謝らなければなりません」
アキトはシンに目を配らせ、彼の視線に頷いてバーストン公爵に真実を話す。
「僕も2人と同じ転生者です」
「ええ、アキトさんも!?」
アキトは自分も転生者であることを告白した。それにはカナだけでなく、事情を知るシン以外の者たちが2度目の衝撃を受ける。
『シン、貴方……知っていて黙っていましたね』
『まあな。ところで、お前は転生者をどう思う?』
『言われてみれば確かに彼らは異質です。ですが個人の好悪を超えるほどではありません』
その事実についてルーメリアはシンに念話で尋ねるが、逆に転生者について聞かれたので初対面での率直な印象を述べる。
「あの日、勇者召喚の魔法について語ったのは、カナと同じようにアキト君の記憶を取り戻せる可能性があるのではないかと思ったからだ」
「そうじゃないってことは、ボクと同じで転生前と同じ姿と記憶のままなんだよね」
「はい。なので、カナさんの話には驚きました」
バーストン公爵の推測では、アキトは前世の記憶が眠っていることがカナとは違う形で影響していると思っていた。しかし実際にはユースケと同じ記憶の連続性を持っていることから、同じ世界からの転生者であってもその状況は異なることになる。
「えーと、アキト君たちがムラクモ様と同じ召喚された外界人で……カナさんは前世の記憶があるけど、本当の生まれ変わり……っていう解釈で合ってる?」
「そういう事になりますね。ただ、転生の際に願い事を聞かれたのは、アキトさんも同じですよね?」
「うん。それで僕はラプラスの魔眼を授かったよ」
これまでの話に混乱しながらも、シーリスは彼らの身に起こったことを整理する。共通して言えることは、前世は同じ世界で転生時に能力を授かっていることだ。
「私たちが思っている以上に、外界人がいるかもしれないな」
「そうだろうな。しかも、それぞれが特殊能力持ちか……」
イシュテナの推測にロッシュが頭を抱える。それはこの場にいる誰もがたどり着く結論であり、口には出さないが2人に同意する。
「それも含めて、テトラ様と話しをしてみたいと思います。僕らの転生が、この世界にどんな理由があるのか知りたいので」
「そうすると良い。進展があることを願っている」
虚無の魔導士テトラ・ニヒルスは最初の外界人であるムラクモを知っており、カナの記憶についても関わりを持っている。結局は彼女に頼るしかないと考えるアキトを、バーストン公爵は後押しした。
【設定紹介】
【プロフィール】
![]() | 名前 | カナ・C・バーストン |
| 年齢 | 16歳 | |
| 性別 | 女性 | |
| 種族 | 馬 | |
| 属性 | 天属性 | |
| 出身 | セレスフィルド連邦バーストン領 | |
| 肩書 | バーストン公爵家令嬢 | |
| 「だからこそ、健康であることのありがたみを忘れることなく生きていけるんです」 | ||
セレスフィルド連邦バーストン領を治めているバーストン公爵家の長女。
アキトが護衛していた馬車に乗っており、その時の縁で自身の護衛も頼んだ。
社交界ではグリドリンとの婚約話があったが、病気の事情もあって断ろうとした。
刻死病という不治の病を患っており、成人までは生きられないと言われていた。
テトラ・ニヒルスによる治療の際に、転生前の記憶が蘇ったことで刻死病が完治した。
転生前も体が弱くて油断するとすぐに体調を崩していたが、自作するほどマヨネーズが好きなのはこの時から。
カナが転生時に授かった特性。
前世の記憶が戻ったことで効果が発動し、不治の病が完治したとされる。
病気にならない範囲で体重は増えるので、好きだからと言ってマヨネーズを食べ過ぎないように自制はしている。
序章2話:アキトが護衛していた馬車の乗客


コメント