一夜明け、クロムウェル隊は北にあるログラスの町へ向けて馬車を進める。魔王軍の動向は掴めていないが、一先ずは現地のアルヴヘイム王国軍との合流を目指す。
(ログラスの町まで2日……無事にたどり着ければいいけど)
アキトは馬車の御者台に運転手と一緒に座っている。そして荷台には物資と重体のソフィア王女、看病係1人と休憩で5人が乗っている。残りの7人は馬車を囲むようにして歩いており、合計16名という大所帯で進んでいく。
「ふわ~」
「デイさん、お疲れですか?」
「流石に徹夜で手術すればね」
運転手の女性騎士が尻尾を揺らしながら大きな欠伸をする。名前はデイと言い、小さな白い耳の生えた羊の獣人である。彼女は昨日、マルームと共にソフィア王女の手術を行った人だ。
「回復魔法を使っても一晩かかるんですか?」
「アキト君もソフィア様の容態は知ってるでしょ。潰れた臓器は取り除いて、補修材で1つ1つ繋ぎ合わせたからね。魔法を使ってもどうしても時間がかかるんだよ」
「うわぁ」
その光景を想像してアキトは軽い気持ちで聞いたことを少し後悔する。どうやらこの世界では切開や縫合、生命維持などにそれぞれの魔法を使って手術を行うのが主流だそうだ。魔法が存在する世界なのだから一瞬で傷を塞ぐ高位の回復魔法とかを想像していたが、そうものではないらしい。
「そう言えば、副隊長から聞いたんだけど、アキト君は魔法を習いたいんだって?」
「はい。せめて自分の身は守れるようになりたいので」
昨晩の話がデイにも伝わっていたらしく、アキトは魔法について教えてもらえることになった。たまたまシールドが発動できただけなので、基本どころか常識とされる知識からだが……。
「じゃあまず、自分の属性を確認してみようか。手に力を入れて魔力を出してみて」
デイが手のひらを見せると、そこから緑色に光る靄【魔力】が溢れ出してくる。アキトも同じように手を開いてそこに力を入れてみると、腕を伝って何かが通る感覚があった。放出量が少ないのかはっきりとは見えないが、うっすらと青色に光る靄が出ているのが分かる。
「あ、出ました。この色は何か関係があるんですか?」
「魔力の色は属性によって違うんだよ。アキト君は青色だから魔属性、私は緑色だから霊属性だね。他にも赤色の妖属性、黄色の天属性があるんだよ」
「属性によって習得できる魔法に違いはあるんですか?」
「いや、そういうのはないよ。属性って言うのは、魂の所属を示すものだからね」
デイは魔力の色からその者の属性を知ることができると説明する。アキトは属性といえば火とか水とかを想像していたため、魔とか霊とか言われてもあまりイメージが湧かなかった。ただ魔法の習得には関係ないらしいので、今はただ自分の属性を知るだけに留めておく。
「じゃあ次は、手だけじゃなくて体のいろんなところから魔力を出してみようか。この辺りは無意識でやっていたりするけど、それを意識してやる感じだよ」
「こんな感じですか」
アキトは右手左手と交互に魔力を出してみたり、指の1本1本から出してみたりする。放出する位置に合わせて体内を何かが駆け巡るような感覚がある。
「お、上手だね。その調子でしばらく続けてみようか」
「分かりました」
「この魔力でマトリクスを構築することで魔法が発動するんだけど……それはある程度魔力の操作ができるようになってからね。だから先に魔法でどんなことができるか説明するよ。とりあえず今は概要だけざっくり知ってればいいから」
「はい」
「魔法の基本は形質変換、物体形成、物理操作、魔力干渉、空間錬成の5つ」
デイは笑顔でアキトを褒めると、魔法についての説明を続ける。魔法は魔力を高次構造体【マトリクス】に構築することによって発動するため、魔力操作ができる事が前提となる。そのため彼女は先に基本となる魔法の概要だけを教える。
「形質変換っていうのは、魔力を火とかに変換することだよ。実際にやってみるから見ててね」
「おおー」
デイの指先から炎が現れ、水やら雷やらが次々と出てくる。何もないところから火を出したりするのは、まさにアキトが想像していた魔法そのものである。
「物体形成っていうのは、魔力を固めて疑似的な物体を作り出すことだよ。確かシールドはできるんだよね? やってみて」
「はい」
デイに促され、アキトは放出した魔力を板状に固めてシールドを形成する。形成された疑似物質は魔力と同じ青色に淡く発光している。だけどやはり、空中に出現したシールドは昨晩と同じようにその場に落下してしまう。
「うーん。やっぱり落ちちゃいます」
「物体形成は魔力を固めて好きな形を作るだけだから、空中に固定するのはまた別なんだよね」
自分が形成した板を触りながら呟くアキトに、デイが原因の指摘をする。空中固定ができないうちは、武器や腕に固定するようにシールドを形成するという方法もあるそうだ。
「それじゃあ、次行こうか。物理操作っていうのは、温度操作や圧力操作といった物理現象への干渉のことだよ。例えばこんな感じで……」
そう言うとデイが手を差し出してきたので、アキトはその手を握る。騎士ではあるがその手はとても柔らかくて温もりがあった。女性と縁のなかった男子高校生としては、大人の女性と手を繋いでいるという事実に気恥ずかしさがありながらも、その感触を堪能する。
「熱っ、冷たっ!」
デイの手が一瞬で熱くなったかと思うと一気に冷たくなり、アキトは思わず手を離す。そして自分が魔法の勉強中だったことを思い出し、先ほどの邪念を反省する。
「ふふっ、これが温度操作だよ。他にも反発力で物を飛ばしたりできるよ。さっきの物体形成で弾丸を作って、それを飛ばすのが魔力弾だね」
その様子に小さく笑いながら、デイは先ほどの温度変化も魔法である事を説明する。そして、指先に物体形成で魔力の弾を作ると、それを反発力で空に飛ばす様子をアキトに見せる。
「魔力干渉っていうのは、魔力を操作して対象に干渉することだよ。今やってる魔力操作の応用も含まれるし、さっきのシールドも放出した魔力を操作して空中に固定するんだよ」
今度はデイの手のひらから放出された魔力が渦を巻いたり、球状になったりと色々な形に変形する。他にも代謝を加速させて怪我を治したりとか、肉体を強化したりとか相手を眠らせたりとか魔力干渉でできることは多岐にわたる。
「最後の空間錬成っていうのは、魔力で特殊な空間を作りだすことだよ。例えば異界に繋がるゲートなんかがそうだよ。繋げることのできる異界は自身の属性だけで、これが唯一属性によって魔法に違いがある部分だよ」
「結構難しそうですね」
これらの5系統の魔法【基幹魔法】を組み合わせることによって、自らが望む魔法を構築する。アキトはデイに教えてもらったことを暗唱しながら、教えてもらった内容を反復する。
「一緒にいる間は教えてあげるから。焦らずゆっくりと練習してこうね」
「はい。ありがとうございます!」
魔法を習うことに夢中になっていたのか、いつの間にか荷台の窓が開いていた。そこから眼鏡をかけた女性が顔を出しており、2人に話しかけてきた。
「ふーん。デイちゃんはアキト君派かー。こういう頑張り屋で可愛い男の子好きだもんね」
「え、いや、可愛いとか言われても……」
眼鏡の女性から可愛いとか言われて、アキトはなんて返していいか分からなくなる。だが、デイは気にしていないのかサラッと彼女に言葉を返す。
「シイちゃん、からかっちゃダメだよ。確かにアキト君は可愛くて好きだけどさ」
「いや、そっちの方がからかってない?」
「シイちゃんはシンさんの方が好みだもんね」
「う……まあ、否定しないけど」
自分から振った話題とはいえ、思わぬ反撃を受けてしまったシイは動揺のあまり言葉に詰まる。やり玉に挙げられたアキトは恥ずかしさのあまり、反応に困って眺めることしかできなかった。
「あー、そうそう。もう少ししたら休憩するから、そしたら私と交代ね」
なんとか平常心を取り戻してきたシイは話題を変える。これ以上いじるのもかわいそうなので、デイは馬車の運転に集中する。アキトも魔法の練習を再開し、休憩場所に着くまで続けた。
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