01-07 異世界の夜

 王都アルヴリアから無事に脱出することができたアキトたちは、待機していた部隊と合流する。どうやら事前にここを合流地点と決めていたらしく、その部隊は1台の馬車といくばくかの物資を広げて待っていた。

「すぐにソフィア様の手術を始める。準備を急いでくれ!」

 エスカの号令を聞いた騎士たちが、馬車の荷台に仮設の手術室を用意する。そこにマルームと2人の女性が一緒に乗り込み、ソフィア王女の命を繋ぐための治療を始める。

「こちらクロムウェル隊、応答せよ。こちらクロムウェル隊……ダメか。ジェイコブ隊長、やはり繋がりません」

 アルヴヘイム王国軍近衛騎士団クロムウェル隊――それが彼らの部隊の名前だった。国王直属のエリート部隊の一角であり、総勢14名(内1名が魔王との戦いで戦死)の騎士で構成されている。

「くそっ通信妨害か!? お前はエスカと交代して周囲の見張りについてくれ」

「了解」

 その後も部隊は厳戒態勢のもと、見張りや設営で慌ただしい状況が続いた。アキトたちは救助者ということで先に休ませてもらったが、彼らが落ち着いたのは日が沈んでからしばらくたった後だった。

……

…………

(何でこんなことに……)

 夜も深まり、見張りを除いてクロムウェル隊の人たちもようやく就寝できるようになった。アキトも用意してくれたテントの中で異世界生活初日の夜を過ごしていたが、どうしても眠ることができなかった。

(僕は危険な世界に来てしまったのか?)

 体の緊張が解けたことでやってきたのは、異世界転生したことへの興奮ではなかった。アキトの頭に中に今日の戦闘の様子が焼き付いて離れない……特に人が死ぬ瞬間が何度も繰り返される。今までは人死にとは無縁の生活を送って来ただけに、死への恐怖が沸き上がる。

(あの人、王女様って言っていたっけ。あの大怪我だとやっぱり……)

 腹部が貫通し、血に染まったソフィア王女の姿をアキトは見ている。潰れた手足を持ち上げた感触も思い出してしまい、最悪の結果が頭の中をよぎる。

(大丈夫、大丈夫……今マルームさんたちが、頑張っているから)

 不安に押しつぶされそうになったアキトは毛布を頭までかぶり、目をつぶって無理やり寝ようとするが効果はなかった。

(そもそも、ここはどんな世界なんだろう? 魔法があるってことはファンタジーだよね)

 不安から目をそらそうと、アキトは今自分がいる世界について考え始める。魔法が飛び交い、角や羽が生えた異種族の人たちがいたことからファンタジーの世界だと推測する。

(もしかして、ゲーム風の世界とか? それなら、HPが残っている限り死なないはず。まだ息もあったし、マルームさんは回復魔法を使えるし……)

 そこからさらに、アキトは自分の世界の知識から、可能性がありそうなパターンを思い浮かべる。ゲームの中あるいはそれに類する要素で構築された世界であれば、重傷を負ったソフィア王女もHPを回復すれば治るはずだと……。

(それなら、僕のステータスはどの位なんだろう? やっぱりレベル1からかな? 転生でボーナスとかついていたら良いんだけど)

 転生時に異世界について何も聞いていない以上、何らかの形でそうであると確かめたい。そう思ったアキトは、自身のステータスを確認するためにある言葉を呟く。

「ステータスオープン……」

 しかしアキトの思いも虚しく、何も起こることなく呟いた言葉はテントの中に消えていった。他にも言葉を変えてみたり頭の中で強く念じてみたりしたが、何も起こらなかった。

(やっぱり、ステータスなんて無いのかな……)

 アキトは右手を天井に向けて伸ばしながら、最後にゲームによくある画面そのものを想像する。力を込めすぎたのか、何かが腕の中を流れる感覚があった。そして広げた手の平から青色に淡く発行する靄のようなものが出てきたかと思うと、次第に四角い形に固まっていった。

「あ……いたっ」

 そして微かな閃光と破裂音と共に、目の前に青色に淡く発光する薄い板が現れた。驚いた拍子に手から力が抜けてしまい、その板がアキトの顔に落下する。

(はあ、何やっているんだろう……)

 何も書かれていない板を拾うと、アキトは体を起こしてため息をつく。考えた可能性は単なる願望でしかないと、否が応でも認識するしかなかった。

「これ、もしかしてシールド?」

 出現した板は思いのほか軽かったが、叩いてみるとある程度の硬さがあることが分かる。大きさこそ違うが、それはシンが落盤から身を守った時に使用した魔法に似ていた。

「消せるよね」

 暗いテントの中では、淡く光るシールドはよく目立つ。寝ている人たちを起こさないためにも、アキトは何とかして消そうとする。

 先ほどと同じように右手に力を入れてみると、何かが流れる感覚があった。今度はそれでシールドを包み込んで消えるように念じる。

「良かった。消えた」

 すると溶けるようにしてシールドが霧散していき、アキトは胸をなでおろす。結局眠ることができなかったため、気分転換にテントの外へと足を運ぶことにした。

bonfire with silhouette of trees in distant

 外に出でると、焚き火を囲って見張り番をしている男女がいた。その2人はアルヴリア城で魔王ガリウスと戦っていた刀を持った男性騎士と白翼の女性騎士だった。

「こんな時間にどうしたんだい?」

「なんだか眠れなくて……えっと」

 男性騎士がアキトに気付いて声をかける。彼の格好はマント、胸当て、籠手、脛当てと騎士としては軽装備であるが、一番目を引いたのは腰に差している刀だった。黒髪であることや彼自身の雰囲気から、どことなく侍を連想する。

「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね。僕は出雲シグレ」

「私はエスカ・A・出雲だ。君は狭霧アキトだったな」

「はい、そうです」

 エスカはクロムウェル隊の副隊長を務めており、出雲の家名を名乗っている通りシグレと結婚している。そして彼女の種族は天使だということで、背中には白い羽が生えている。

「君のことは色々聞いたよ。記憶喪失のまま戦闘に巻き込まれるなんて、大変だったね」

「しばらくはうちの隊で保護する。君の記憶については申し訳ないが、今はどうすることもできない」

「そんな、助けてもらっただけでも十分です」

 気遣ってくれる2人に対して、アキトはただ感謝を伝えることしかできなかった。すると何かを思いついたのか、記憶喪失について考えていたシグレが一つの推測を伝える。

「うーん。アキト君はヒノモト皇国の出身じゃないかな?」

「ヒノモト?」

 当然そのような地名を知らないアキトは疑問を浮かべる。その反応を見てシグレは説明を続ける。

「この大陸の東側にある島国だよ。僕は生まれも育ちもこの国だけど、父さんがそこの生まれでね。僕の名前もその流れを汲んでいるんだ」

「その刀もそうなんですか?」

「うん。父さんが皇国を出る時に貰ったんだって」

 今まで特に気にせず名前を名乗っていたが、この世界では名前が後ろに来るのは珍しいらしい。シグレが刀を差していることから、アキトはヒノモト皇国の文化に興味を示す。

「故郷の名前を聞けば、少しは記憶が戻ると思ったんだが……」

(まあ、正確には記憶喪失じゃないですし)

 エスカは見立てが外れて他に手はないか考えている。実際には記憶喪失ではないとはアキトは言えず、少し気まずい雰囲気になってしまった。

「シグレさん、僕も魔法を使う事ってできますか?」

 話題を変えるため、アキトは魔法について尋ねてみる。その内容に2人は不思議そうに顔を見合わせるが、シグレがすぐに向き直して優しく回答する。

「魔力を持たない生物はいないからね。訓練すれば使えるようになるよ」

「本当ですか!?」

 全ての生物が魔力を持ち、魔法を使うことができる。それはつまり、魔法を習得するにあたって種族や生まれつきの適正などの特殊な条件は必要ないということだ。

 それを知ったアキトは思わず歓喜の声をあげる。シグレやエスカにとっては常識ではあるが、彼にとってはこの世界で生きていくにあたって重要な情報だった。

「それなら、僕に魔法を教えてくれませんか? せめて、自分の身くらい守れるようになりたいんです」

 アキトは自分の身を守る手段として魔法を教えてほしいと申し出た。訓練によって習得できるのであれば、テントの中で発動したシールドのような魔法をまずは使えるようにしたかった。

「私たちはこれから他の部隊と合流するために、北にあるログラスの町を目指す。到着までの間に誰かに頼んでおこう」

「ありがとうございます!」

「さあ、明日は朝から移動するからアキト君はもう寝ようか」

 エスカはアキトの頼みを承諾し、移動の合間に魔法を教えてもらえることになった。その後はシグレに促されてテントに戻り、不安が解消されたことでようやく眠りにつくことができた。


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