この度の決闘の結果において、カナ・C・バーストンとグリドリン・ベルトランドとの婚約を破棄するものとする。
――神暦9102年3月17日
カナ・C・バーストン
グリドリン・ベルトランド
「立会人として、正式にこの書面を受理する」
ピョートル伯爵が作成した文書にカナとグリドリンが調印したことで、正式に2人の婚約が破棄されることとなった。この調印にはケビンとベルトランド伯爵も同席し、事の次第を見守っていた。
「父上、申し訳ありません」
「馬鹿者。謝るのは私ではないだろう」
「う……カナ様、この度は誠に申し訳ございませんでした。どのような処罰も受け入れる所存です」
静かに諭されたグリドリンはカナに深々と頭を下げる。その隣ではベルトランド伯爵も一緒に頭を下げていた。
「え、決闘の清算はこれで済んだはずですよ!?」
「今回の件は一歩間違えれば、リオールとバーストンの外交問題にもなりかねなかった。その事実を鑑みて、決闘を引き起こした事態に対してリオール領としても謝罪しなければならない」
謝罪はともかくとして、更なる処分を求める姿勢にカナは驚く。その理由としてピョートル伯爵は、リオール領としてケジメを付けたいと説明する。
「えっと、ケビン……私、どうすれば」
「リオール領としての面子もあります。無条件で許す事はやめた方がよろしいかと」
カナはケビンに助けを求めるも、結局は何かしらしなければならない事に変わりはなかった。
「すいません。すぐには思い浮かばないので、しばらく保留にしてもらって良いですか?」
「もちろんです。カナ様が処分を決めるまでは、グリドリンは謹慎させます」
カナの提案を受け入れたベルトランド伯爵は、処分が決定するまで謹慎させるとグリドリンに言い渡す。こうして決闘結果の調印が終了した。

「お、目が覚めたか?」
「ロッシュ・カーティス……何で君が?」
カナが決闘の結果について調印している時、伯爵邸にある医務室でアキトが目を覚ます。この部屋には壁に寄りかかっているロッシュしかおらず、彼がいる事に疑問を投げかける。
「おいおい、そんなに警戒するなよ。決闘は俺たちの負けだ。ちゃんとピョートル伯爵の所で調印をしてる……だから魔眼は解除しろって」
ラプラスの魔眼に限らず、魔法で魔眼が発動している時は魔法反応によって目に魔力の色が浮かぶ。それに気付いたロッシュは敵意がないことを説明して解除を求める。
「ああ、ごめん。どうも勝手に発動するみたいで」
「魔力が流れてるってことは魔法だろ? そんなことがあるのか?」
アキトとしても敵意はないので誤解を解こうとするが、それが却ってロッシュに別の疑問を与えてしまう。
「心当たりはあるけど、確証はないかな。まあ、秘密ってことで」
(多分転生時に貰った能力だからだと思うけど……このあたりの理由とか原理も、ちゃんと把握しておかないと)
アキトはベッドのすぐ横の机に置いていた自分の眼鏡を手に取ってかける。それを見ていたロッシュはレンズ越しだと魔力の色が見えなくなったのを確認して、ある合点がいく。
「ふーん。それで魔眼を隠す眼鏡をしてるってわけか。どうりで魔眼があるって聞いてたのに、魔力が見えなかったわけだ」
(最初にかけたのが、たまたま魔力の透過を抑える眼鏡だっただけなんだけど……もうそれが理由で良いか)
アキトの眼鏡は魔法の実験用に魔力の透過を抑えるようにできているので、魔眼の発動で浮き上がる程度の魔力であればレンズ越しには見えなくなる。その点については偶然の産物だったのだが、面倒なのでロッシュの解釈に頷いて肯定した。
「アキト、入るぞ」
「どうぞ」
話し声が漏れていたのか、扉がノックされると同時にシンの声が聞こえてくる。アキトが入室を許可すると、彼と一緒にいたイシュテナとシーリスが声をかけてくる。
「その様子なら大丈夫そうだな」
「気分はどう? お昼はもう過ぎちゃったけど、ユースケさんがサンドイッチを作ってくれたよ」
「ありがとう。貰うよ」
シーリスから渡されたバスケットにはサラダサンド、卵サンド、ツナサンドが各2つと牛乳が1瓶入っていた。アキトは少し遅れた昼食を取りながら、彼女たちから決闘後の様子を聞くことにした。
……
…………
「……そういえば、アキト君はどうやって極大魔法を避けたの?」
「イシュテナのテレポートを真似てみたんだ。時間はかかったけど、なんとか発動できたよ」
話をしているうちに、極大魔法からどうやってロッシュの背後を取ったのかという話題になった。アキトはさらっとシーリスの質問に答えるが、その内容に驚かれてしまう。
「あの後、イシュテナとテレポートの練習もしてたの!?」
「私は何も教えてないが……」
シーリスから教わったリニアブラストを習得した時には、既に日付が変わりそうな時間になっていた。その後はお互いに部屋に戻って就寝したはずなので、他の魔法を習得する時間は無かったはずだった。
「ラプラスの魔眼には、魔法をコピーする能力もあるのか?」
「1回見ただけで完璧にマトリクスを覚えれば、それを再現するだけで可能と言えば可能か?」
「それはさすがに無理だからね」
ラプラスの魔眼に対するイシュテナの疑問に、ロッシュが理論上は魔法のコピーが可能ではないかと考える。とはいえ、それは机上の空論……実際には何度も手本を見せてもらいつつ、反復練習を行ってようやく再現できる程度である。
「それでも、学習速度が速い事は確かだ」
「だからって、ぶっつけでやるか? 失敗したら死んでたんだぜ。負けを認めればそもそも――」
「死なないよ」
コピーというほどではなくても、ラプラスの魔眼によって学習効率が上がっているのはシンの言うように事実だった。それを踏まえてもギャンブルが過ぎるとロッシュは呆れるが、アキトはそれを否定する。
「そうでしょ、ロッシュ」
「うっ……それよりアキト、お前ダンジョンに興味あるか?」
確信をもって問いかけるアキトの言葉に、ロッシュは言葉を詰まらせる。そして強引に話題を別方向へ持っていくべく、彼はダンジョンについて尋ねた。
「ダンジョン?」
「何だ、知らないのか? 異界化した時に、空間ごと現れるやつだよ」
重界あるいは異界において魔力のバランスが崩れた際に、境界を突き破って異界の一部が流入することを異界化という。規模が小さければ流入するのは魔力のみだが、大規模になれば異界の空間そのものが流入する。
この異界の空間そのものが流入して異界化した場所【ダンジョン】には重界では得られない様々な資源があることから、危険を承知で挑む者が冒険者に限らず数多くいる。
「……どんな場所なのか、見てみたくはある」
「よし! なら今日中に準備して、明日隣町に発生したダンジョンに行こうぜ」
「え、そんなにすぐに!?」
「元々その予定だ。人数が増えても問題ない」
異界については元々興味があったので、ロッシュの説明を聞いてアキトの関心は高まっていた。とはいえ都合よくダンジョンが発生しているとは思ってもいなく、突然の誘いに驚きの声が出る。
「やけにこだわるな。さっき決闘した相手だぞ?」
アキトを誘った事に対して、シンがロッシュに疑問をぶつける。お互いに代理人とは言え、先ほどまで決闘していた相手である以上、その意図を見極めておきたかった。
「同い年の奴に負けるなんて初めてだったからな。興味が湧いたんだ」
「僕もだよ。君の魔法を見て、もっと色々なことが知りたくなった」
「そうか、野暮なことを聞いたな」
ロッシュとアキトがお互いに顔を向けながら語る姿を見て、シンは思っていた以上に2人が打ち解けていることを認識する。
「……決闘というイレギュラーで1日遅れたが、ピョートル伯爵から報酬を貰えば契約終了だ」
「確か、連邦大使館からの連絡はリオールに来るんですよね?」
シンは改めて自分たちの立場を話す。虚無の魔導士との面会はラディウス法国にある連邦大使館が調整する手筈になっており、その連絡はアキトの言う通りリオールに届く。
「ああ、その間は自由に過ごしてくれればいい。連絡は俺が受けるから、数日位ならリオールを離れても問題ない」
「だったら、私も行きたい!」
「アキトが行くなら同行する」
大使館からの報告は誰か1人いればいいので、シンは自分が残るとアキトたちに伝える。数日の猶予があると聞いて、シーリスとイシュテナもダンジョンに行きたいと申し出る。
「俺は構わないぜ。安全を考えれば戦力は多い方が良いからな」
「それじゃあ、よろしくね」
ロッシュとしても悪くない申し出だったので、2人の同行を心地よく承諾する。その後はピョートル伯爵から正式な報告を受け、アキトたちの契約も正式に終了した。
カナは皆でダンジョンに行くことを羨ましがったが、危険な場所なのとピョートル伯爵の元でやるべき事があるため、土産話をしてもらう約束をしてリオールに残った。
【設定紹介】
名誉の回復や対立の解決を目的として、当事者双方の合意のもとで行われる戦闘行為。
似たような行為は世界各国で見られるが、決闘を制度として定めている国は存在しない。
また地域や文化によってルールが異なり、リオール領では貴族同士でのみ行える厳正な審議の手段とされている。
・貴族同士が双方合意の元で行う。
・立会人は当事者以外の貴族が務める。
・負けを認めるか戦闘続行不能になれば敗北となる。
・それ以外の戦闘ルールは当事者間の合意があれば、追加や変更が可能。
・決着後、立会人の元で結果の調印を行う。
当事者に代わって決闘で戦う者。
身分は問われないが、当事者の名誉を背負うだけの信認が求められる。
代理人が敗北した場合、その責任は当事者が負う。
第2章7話:グリドリンがカナに決闘を持ちかける


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