――領都バーストン
セレスフィルド連邦西端に位置するバーストン領の中心都市。国境都市から伸びる街道はこの街を通り、その先にある連邦の各地へと続いている。
「まさかモンスターじゃなくて、盗賊に襲われるなんて」
(それでも――)
真上から照り付ける日差しの下、アキトは広場の中心にある噴水の縁に腰を下ろしていた。盗賊を騎士たちに引き渡し、目的地に到着したことでようやく肩の荷が下りる。
「おじいちゃん、おばあちゃん!」
顔を上げたアキトの視線の先で、一緒に馬車に乗っていた子供が老夫婦に駆け寄る姿が見える。どうやらこの街にいる祖父母らしく、その子の両親が訪問の挨拶をしている。
(良かった。ちゃんと守れたんだ)
アキトは人を守る力になれたことを実感しながら、緩みそうな表情を隠すために噴水の水で顔を洗う。乗客たちは解散したが、騎士たちがせわしなく動いている。3人の盗賊は連行され、続いて麻袋と未だ意識のないオーガを乗せた担架がそれぞれ運ばれて行く。
「あ、アキトさん!」
(この子、たぶん貴族だよね)
アキトがその様子を見届けると、指揮をしていた騎士と話を終えた少女が駆け寄ってくる。乗客の中でも身なりの良い格好をしており、彼女は貴族の令嬢ではないかと推測する。
「アキトさん、助けてくれてありがとうございます。かっこよかったですよ!」
「そ、そうですか」
しかしそれ以上に、頭に存在する馬の耳に目が行く。さらに尻尾も生えており、興奮が冷めないのかクルクルと回っている。
眼鏡をかける暇もなく圧倒されているアキトをよそに、馬の獣人である彼女はおもむろに彼の顔を覗き込む。
(顔、顔が近い!)
「不思議な目……遠くから見ると黒いのに、近くで見ると青っぽく見える」
その特徴的な目を不思議に思った彼女は、さらに顔を近づけて覗き込もうとする。動揺するアキトは彼女を落ち着かせようと、それが魔眼であることを告げる。
「この眼ですか? 魔眼ですよ」
「え、魔眼!?」
魔眼と聞いて彼女は驚いて見線を逸らす。その反応にアキトは少し悲しくなったが、誤解されたままなのも嫌なのでその必要がないことを説明する。
「大丈夫ですよ。“魔法が視える”だけのラプラスの魔眼ですから」
アキトの眼【ラプラスの魔眼】は、魔法を発動するために構築された魔力の高次構造体【マトリクス】を視ることができる。視線を合わせた相手に干渉する能力はなく、眼が青色を帯びているのも流れる魔力が色として現れているだけである。
「へー、凄い! 凄いです!」
「あ、ちょっと……」
説明を聞いて危険がないことは理解してもらえたのだが、それが逆に彼女の興味をひいてしまう。結局彼女が満足するまで、アキトはしばらく耐えるしかなかった。
「そうだアキトさん。まだ自己紹介していませんでしたね。私はカナ・C・バーストンといいます。助けてくれたお礼といっては何ですが、今日は家に来ませんか?」
「え……!?」
ようやく眼鏡をかけることが出来たアキトは、今度は突然の招待に困惑することになる。状況が呑み込めないので、カナのお付きと思われる執事服の老人と話をしているシンの方を見て助けを求める。
「今回の件について公爵が俺たちを夕食に招きたいとさ」
ここはセレスフィルド連邦バーストン領……つまりカナは領主である公爵の娘というわけである。身なりの良さから貴族だとは思っていたが、まさか公爵家の令嬢だとはアキトは思いもしなかった。
「お2人とも長旅で疲れておいででしょう。こちらで一晩泊まるためのお部屋も用意しますので、心ゆくまでくつろぎください」
この待遇は想定外だったが、長旅で疲れているのも確かなので特に断る事も無く2人は招待に応じる事にした。とはいえまだ昼を過ぎたばかりであり、夕食まで時間がある。
「アキトさん、良かったら私がこの街を案内しましょうか!」
「それなら冒険者ギルドに行きたいです」
「構いませんよ」
どちらにしろ、案内が無ければ招待された屋敷へも行けないので、アキトはカナの提案を受け入れつつ、冒険者登録をするためにギルドに寄りたい旨を伝える。
「数日は滞在する予定だ。ついでに依頼も受けてくると良い」
「本当ですか!?」
「ああ、俺も寄りたい所があるしな」
アキトは依頼を受けて良いと言われて期待に胸を躍らせる。そしてシンも彼とは別にやりたい事があるらしく、別行動することとなった。
「それでは行きましょうか。まず、あっちはですね……」
話もまとまったところで、カナはアキトの手を取って嬉しそうに歩きだしていく。彼女の案内に従いながら、バーストンの街を観光する。

カナに街を案内してもらったところで、アキトは冒険者ギルドに到着する。建物は結構な広さがあり、中には受付の他に、打ち合わせスペース、依頼掲示板、伝言掲示板、施設案内、売店といった設備がある。
「すいません。冒険者の登録をしたいのですが」
「かしこまりました。では、こちらの書類を記入してください」
冒険者登録の窓口が空いていたので、アキトは受付にいる女性職員に声をかける。渡された記入用紙を見ると、名前や属性などたくさんの項目が並んでいた。
「狭霧アキト、魔属性、種族は人間、男性、17歳……とりあえずこれだけでいいかな」
「魔眼については書かないんですか?」
「魔眼!? 魔眼をお持ちなのですか?」
カナの魔眼という発言に、受付の女性職員が反応する。いや、彼女だけではなく、奥で作業をしている職員たちも、魔眼持ちと思われるアキトに注目している。
「あ、はい。ラプラスの魔眼が使えます」
「でしたらこちらに記入しておきますね!」
女性職員はとびっきりの笑顔を見せながら、用紙に素早く魔眼について記入し、アキトの反応を待たずに手続きを進めていく。
多種多様な依頼の中には特殊な能力が求められるものも存在する。ラプラスの魔眼もその1つであり、ギルドとしては是が非でも確保したい人材であった。
「魔眼ってそんなに珍しいんですか?」
「そうみたいだね」
2人が突然のテンションアップに驚いている間に、今度は箱を持ってきてアキトに差し出してきた。その手際の良さに感心する間もなく、女性職員は登録手続きの説明を続ける。
「魔力紋を登録しますので、こちらの箱に指を入れて魔力を流してください」
魔力には固有のスペクトル【魔力紋】があり、それによって個人を識別することができる。アキトが言われた通りに魔力を流すと、女性職員はそれをカウンターの奥にいる別の職員に渡す。
「それではカードを発行しますので、その間に冒険者ギルドについて簡単に説明させていただきます」
「お願いします」
冒険者ギルドは公営であり、国の事業の一部として存在する組織である。そのため依頼内容は公共事業や社会福祉の色が濃いが、個人や法人から受け付けた依頼も存在する。
冒険者はその中から選んで依頼を受けるのだが、依頼に求められる最低限の能力を持っていないと判断された場合は受けることはできない。
その判断はギルドに記録されている冒険者の情報を元に決定されるため、認められるには地道に依頼をこなして能力と実績を積み上げていく必要がある。
「……説明は以上になります。カードが発行されましたのでお渡しします」
説明を聞いている間にカードが発行され、アキトは女性職員からカードを受け取る。表面にはギルドの紋章が描かれており、その下に先ほど魔力を流した透明な石が埋め込まれている。
「こちらがアキト様のカードになります。依頼の報酬はこのカードに振り込まれますから、紛失には注意してください」
冒険者カードはICカードの魔力版といったような物で、金銭のやり取りができるようになっている。ただし再発行時に残高は引き継がれないので、女性職員が言うように紛失には気を付けなければならない。
「これにて手続きは完了になります。もし依頼を受けたいのでしたら、こちらに新人向けの依頼を用意しておりますが、ご覧になりますか?」
「はい」
女性職員から受け取った用紙を、アキトは1枚1枚確認していく。薬草摘み、店番といったお手伝いレベルの物から、夜間巡回、ネズミ駆除などなど、新人向けの危険が少ない仕事が並んでいる。
「ん? これは……」
最後の用紙を見た時、アキトは手を止めてその内容を読んでいく。それは猪のモンスター【ストライクボア】の討伐依頼だった。この街に来る途中で盗賊に襲われたあの森に出没し、被害は死者2名、重軽傷者3名、行方不明者1名と記載されている。
「え、嘘……この場所って、今日通ってきた森じゃないですか」
「護衛する時に注意はあったけど、この事だったんだ」
横から覗いていたカナも、明らかに危険なモンスターの情報に驚く。もしかしたら、盗賊団ではなくこのストライクボアに襲われていた可能性も十分にあった。
「この依頼、掲載から随分と時間が経っているみたいですが」
「実は現在、優先度の高い護衛依頼が多くありまして……冒険者の多くがそちらに回されているため、人手が足りていないのです」
女性職員から聞くところによると、2か月前から増えた都市間移動の護衛依頼で冒険者の多くが出払ってしまい、先月に発生したこの事件の依頼を受ける人がいない状態が続いているそうだ。
「もし少しでも戦闘経験があるのであれば、この依頼を受けて頂けないでしょうか? 昨日、若手の冒険者が依頼を受けてくれましたので、その方と協力すれば討伐できるはずです」
(冒険者になったのは、生活のためではあるけど――)
戦闘能力がないのなら受ける必要はないと職員は付け加えるが、実績のない新人にも依頼書を見せるあたり余裕がないことは明白だった。
(見て見ぬふりはしたくない。そういう人たちのおかげで、僕はここまで来れたのだから)
「分かりました。この討伐依頼を受けます」
「ありがとうございます。くれぐれも無茶はしないでください」
「アキトさんなら大丈夫ですよ!」
現在は注意喚起によって新たな被害は出ていないらしいが、いつ新たな犠牲者が出るとも限らない。大丈夫だと信頼してくれるカナやこの街の人たちを守るためにも、アキトはこの依頼を受けることにした。
【設定紹介】
冒険者ギルドは、モンスターの討伐といった危険な依頼から、荷運びなど比較的安全な依頼まで、幅広い依頼を仲介する公的機関である。
政府や自治体だけでなく、市民や企業からの依頼も取り扱い、治安維持や人手不足の補填を担っている。
ギルドに記録された能力や実績に応じ、遂行可能と判断された依頼のみ受注可能となる。
冒険者ギルドで申請書の提出と魔力を登録することで、冒険者カードが支給される。
登録に年齢制限はないが、多くは成人(15歳)後に登録するのが一般的。
生業とする者だけではなく、本業の合間に兼業や副業している者も多い。
狭霧アキト、シン・アマガツ 他多くの登場人物
序章2話:アキトが冒険者登録のために訪れる
【プロフィール】
![]() | 名前 | 狭霧アキト |
年齢 | 17歳 | |
性別 | 男性 | |
種族 | 人間 | |
属性 | 魔属性 | |
出身 | 外界(転生者) | |
肩書 | 冒険者 | |
「魔法が理論なら、解析した先には真理があるはずです」 |
異世界に転生した高校生の少年。
科学が好きで理系科目が得意なこともあり、成績は安定して平均以上を取っていた。
転生時に授かったラプラスの魔眼で魔法を解析することができ、持ち前の知識と組み合わせて重力魔法を自在に操る。
戦闘中は冷静さが強く出るが、日常では落ち着いていながらも年相応の表情を見せる。
序章1話:謎の空間で神様(仮定)に願いを問われて転生する
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