
天界のダンジョンを探索していたアキトたちを挟み撃ちするように、人面の馬であるゴルゴンが姿を現した。蛇の髪の毛の下にある石蛇の眼は相手を石化させる魔眼であるため、視線を合わせないように立ち回らなければならない。
「先ずは進路を逸らす」
アキトがアステロイドを斉射する。ゴルゴンは魔力障壁で受け止めるが、弾道方向に作用するグラビティが発動して全身が弾かれる。
「足が止まったな」
イシュテナは魔力を纏いながら、右手に持っている魔力の短剣【サーペント】を投擲する。体勢を崩したゴルゴンは避けることができず、魔力を推力にして加速されたサーペントが胴体に突き刺さる。
「このまま仕留め――!?」
追撃を仕掛けようとテレポートを発動しようとした時、イシュテナは初めて異変に気付く。
(テレポートが発動しない!?)
テレポートを発動させるつもりだったイシュテナの動きが、サーペントを逆手で構えたまま一瞬止まる。その視線は正面を見据えたままであり、前髪を振り上げたゴルゴンの魔眼が視界に映る。
(それなら――)
イシュテナは即座に左腕で視界を塞ぎ、ゴルゴンは体勢を立て直しながら髪の毛の蛇を伸ばして攻撃を仕掛ける。彼女はそれをサーペントで薙ぎ払いながら回避すると、右手を突き出して掌から杭状の魔力弾【蛟】を放つ。
「イシュテナ、顔が!?」
「……表面だけだ。問題ない」
視線を合わせてしまったことで、イシュテナの右目の周囲が石化してしまう。その顔を見たアキトは心配になりながらも、蛟を回避したゴルゴンに向けてアステロイドで追撃する。
「問題ないなんてこと……」
「アキト君、見たまえ」
「!? どうして、ゴルゴンの顔も」
2人の魔力弾を回避したゴルゴンが、距離を取ってイシュテナに向き直す。しかし石蛇の眼を使った側のはずなのに前髪の蛇が石化しており、垂れ下がったまま自らの視界を塞いでいる。
「ゴォーーッ! ゴォーーッ!」
「何をそんなに怒っている」
イシュテナは淡々と右手にサーペントを再形成して刀身に影を纏わせる。彼女が身を低く屈めて走り出すと、怒り心頭のゴルゴンが残った蛇の髪を伸ばして迎撃してくる。
(単調だな)
雨のように降り注ぐ蛇の髪をイシュテナは軽やかな動きで躱し、側面へ回り込もうとする。ゴルゴンも彼女を追いかけて首を回して牙を突き立てようとするが、その視界には飛び込んでくる魔力の杭【サイドワインダー】が映る。
「ゴォーーッ! ゴォーーッ!」
地面から放たれたサイドワインダーが、石化した髪の上から左目に突き刺さる。そして痛みに悶えるゴルゴンの右目に、間髪入れずに真横からサーペントが突き立てられる。
「今楽にしてやる」
石化した髪も砕け散り、押し込んだサーペントを軸にしてゴルゴンの頭上へ跳び上がる。イシュテナは体の捻りと共にサーペントを振り抜き、その全ての魔力と共に影を纏った剣閃が放たれる。
広がりゆく漆黒の中に見える白い魔力の一閃が影を断ち、ゴルゴンの太い首が地面に落ちる。
……
…………
イシュテナがゴルゴンと戦っている反対側で、もう1頭のゴルゴンにシーリスが立ち向かう。彼女は目の前にエスクードを形成すると、それを障害物にして相手の視界を塞ぐ。
「魔力濃度のせいか、探知の精度が悪い……けど!」
万が一を考えて目を閉じたまま、シーリスはエスクードの陰からゴルゴンの側面に回り込む。同時にロッシュも鳥型魔力弾【フォーゲル】を放ち、彼女とは逆の方向から回り込ませることで意識を逸らす。
(正面……ロッシュ君の誘導通り)
ロッシュに誘導されたゴルゴンをシーリスが探知魔法で捉えた。ゴルゴンも体を大きく旋回して髪の蛇を鞭のように振るうが、それより先に近くにある岩を蹴って宙を舞う。
「捉えた。これで!」
魔力を使って空を蹴り、急降下と共にシーリスは両手のジャマダハルを1点に突き立てるようにして内側に交差する。無防備となった背中に放たれた一撃【シザーファング】によってゴルゴンの背骨を両断し、周囲の筋肉も断裂させて抉り取る。
「トドメをお願い!」
「展開済みだ。巻き込まれるなよ」
シーリスが即座に離脱すると、周囲の岩陰を利用してゴルゴンを包囲していたロッシュのカーディナルが一斉に撃ち込まれる。炎を纏ったカーディナルは着弾と同時に爆発を起こし、直撃を受けたゴルゴンはなす術もなく燃え尽きた。
「終わったみたいだな」
襲撃してきたゴルゴンを倒し、ゲルト教授も安堵して胸をなでおろす。その横ではイシュテナが、石化してしまった部分をアキトに治療してもらっていた。
「……こっちも終わったよ。血が出ているから、これで押さえて」
「すまない」
イシュテナの顔が石化していたのは表面のみで、罅を入れると卵の殻のように剥がすことが出来た。それでも皮膚の一部は一緒に剥がれてしまい、腫れと出血によって彼女の右目の周囲は赤くなっていた。
そんなイシュテナの眼をアキトはずっと眺めていた。
「そんなに私の眼が気になるか?」
「あ、ごめん。僕の眼とも違うみたいだから、つい……」
「ゴルゴンと同じ、石蛇の眼だ」
アキトから受け取った止血用のガーゼを顔に当てながら、イシュテナは自分も石蛇の眼を持つことを告げる。普段は人間の灰色の眼だが、魔眼を使用する時は縦長の瞳孔をした蛇の眼が現れる。
「イシュテナ……その顔、どうしたの!?」
「ゴルゴンの眼を見たのか?」
シーリスとロッシュが戻ってくると、治療を受けているイシュテナの姿を目撃する。アキトはある程度止血できたことを確認して残った血を拭い取り、患部にポーションをかけて新しいガーゼを当てる。
「それで、何があったの?」
「テレポートが発動しなかった。こんな事は初めてだ」
アキトがイシュテナの頭に包帯を巻いているのを見ながら、シーリスは彼女の顔が石化してしまった理由を尋ねる。想定外の事態に彼女自身も理解が追い付いていないようだが、横で聞いていたゲルト教授がその理由について口を開く。
「ダンジョンは異界寄りの性質を持つが、外から中へのゲートを開くことはできない……それが、ダンジョン内でテレポートが使えない理由だ」
異界につながる穴【ゲート】を開く……それが基幹魔法である空間錬成の1つだ。このゲートは自身と同じ属性の異界と重界を繋げる。
「そうなの?」
それだけでは理解できなかったシーリスが、決闘でテレポートを使用したアキトに尋ねる。
「異界を経由することで空間を飛び越えるのが、テレポートの原理だからね」
転移魔法【テレポート】は異界とのゲートを応用した魔法であり、重界から異界、異界から重界への2つのゲートを開いてその中を通過することで転移する。そのため重界からのゲートを開けないダンジョン内では、テレポートは使用不可ということになる。
「でも、入る前に転移マーカー付けてきたよね?」
「中から外へは問題ない。ダンジョンの脱出は片道だから、通常のテレポートより簡単だ」
「そうなんですね」
シーリスがアキトに転移マーカーの疑問を尋ねていると、ゲルト教授が解説をしてくれる。テレポートの転移先は発動者の魔力が存在する場所であるため、転移マーカーのように魔力の反応が強い場所があると座標の特定もしやすくなる。
「それで、ここからはどこに向かうんですか?」
イシュテナの治療も終わり、アキトはゲルト教授にダンジョンの目的地を尋ねる。
「現時点で報告されている情報には、私が調査したい区画は無かった。未知の区画に旧文明の痕跡が無いか探すのが、今回の目的だ」
「こいつが地図だ。で、赤いラインがここまで歩いてきたルートになる」
少し離れた場所で作業をしていたロッシュが戻ってきて、ジャケットのポケットから加工された石を取り出す。それは情報を記録できる石【記録石】であり、彼が魔力を流すとダンジョンの地図が空中に投影される。
「地続きの場所は最初に踏破されるからな。今回狙うのは……上だ」
「上?」
ロッシュが指を差した方向を見ると魔力のワイヤーが空に伸びていた。その先端は魔力の靄に隠れて見えないが、かなりの長さがあるのが分かる。
「お、ビンゴ。地図にまだない空間発見」
どうやら先端には偵察用のトーチカを繋げているらしく、そこからワイヤーを伝って反応が返ってくる。基地局のトーチカには送られてきた情報を投影する機能があり、こことは違う景色が映し出される。
「逆さまの廃墟?」
「……重力が反転してるんだ」
映し出されたのは、天井に生えるように逆さまになっている廃墟だった。上昇していたトーチカが途中で反転して降下するように映像が切り替わり、アキトは先ほどの光景に合点が行く。
「ゲルト教授、向かうのはここで良いか?」
「ああ、映像だけでは年代までは分からないからな」
目的地が決まったため、ロッシュは基地局のトーチカを地面に埋め込んでワイヤーを固定する。そして背中にあるジャケットの留め具を外すと、その下に隠れていた隙間から大きな鳥の翼が生えてくる。
「空を飛ぶけど、追って来れるか?」
――それは茶色の羽根を纏った鷹の翼だった。
「1人用だが、飛行の魔法陣がある」
「僕も重力魔法で飛べるけど、荷物だけで精一杯かな」
ゲルト教授の魔導書には飛行魔法の魔法陣はあるが1人用であり、アキトも重力魔法で飛べるが人を抱えて飛ぶのは難しかった。
「私たちは足場を作って跳んで行くから、大丈夫だよ」
「ただ、荷物と空中戦は任せるぞ」
「ホームグラウンドだ。心配いらねえよ」
最終的にシーリスとイシュテナも移動可能ということで、先導するロッシュに従ってワイヤーを目印に各自で空を飛ぶ。途中で重力が反転する場所は慎重に進みながら、トーチカが発見した廃墟を目指す。
【設定紹介】
異界化の中でも規模が大きく、異界の空間そのものが重界へと侵食した場所。
天地の逆転や不連続の空間が広がっており、異界の特徴である高濃度の魔力が靄となって可視化されて異質な情景を作り出す。
重界にはない資源や過去に異界に飲み込まれた遺構が眠っている可能性もあり、ダンジョンが出現すると冒険者や学者が調査のために集結する。
逆にダンジョン内の原種生物が重界に流れ込むこともあるため、その抑止として冒険者ギルドはダンジョンでの活動を支援している。
異界に生息している生物のこと。
異界という特殊環境に適応しているため、同種族でも重界の野生生物とは異なる行動原理を有している。
人間に近い姿の種族も存在するが、原則として言語による会話はできない。
第2章10話:ロッシュの目的地
【プロフィール】
| 名前 | ダンジョンのゴルゴン |
| 分類 | 原種生物 |
| 種族 | ゴルゴン |
| 属性 | 天属性 |
| 特技 | 石蛇の眼、石蛇の牙 |
天界系ダンジョンの岩場で遭遇した原種生物。
牙の生えた人の顔に蛇の髪を持ち、首が極端に短い異形の馬。
垂れ下がった前髪の下に石蛇の眼を持ち、ダンジョンに挑んだ者たちを石化させた。
視線を合わせた相手を石化させる魔眼。
視線に乗せた魔力を網膜から体内に侵入させ、魔力の薄い末端から石化させる。
イシュテナとの対決では魔眼によって体内表面で魔力が押し留められたため、お互いに眼の周囲が石化する結果となった。
第2章11話:ダンジョンに挑んだ冒険者を石化させたモンスター

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