02-17 策謀の渦中へ

 アキトたちがピョートル伯爵邸で準備を進めている頃、ベルトランド伯爵はグリドリンを謹慎させている郊外の別荘を訪れていた。

「お待ちしておりましたよ、ベルトランド伯爵」

 そこには誘拐されたはずのコッチ男爵が堂々と居座っており、誘拐犯の領兵と武装した私兵を引き連れてベルトランド伯爵を出迎えた。

「父上、なぜ来たんですか!?」

「……どういうことか説明してもらおうか、コッチ男爵」

 領兵に拘束されたグリドリンの姿に、息子ごと別荘を乗っ取られたことを認識する。ベルトランド伯爵は怒りを抑え込みながらも、現状の説明をコッチ男爵に求めた。

「カナ・C・バーストンと私を人質に、バーストン公爵とピョートル伯爵を退任させます」

(やはり彼女もいるのか……領兵もどこまで奴の手の内だ?)

「それで、私に何をしろと?」

 息子であるグリドリンも人質にとられている状況に、ベルトランド伯爵は言葉を選びながらコッチ男爵の真意を探る。

「私をリオール領の次期領主に推薦してください。そうすれば、貴方の息子とカナさんを婚約させてあげます」

「僕は決闘に負けたんです。その結果を反故にできません!」

「分かっています。ですから、そこにいるジェニス君かイヅナ君と婚約させます」

「なっ!?」

「ちなみに、兄にするならどちらが良いですかな?」

 グリドリンの反論に対し、コッチ男爵は別に用意した婚約者を養子にすると告げる。彼に指名された2人は若い領兵であり、制服を着崩している青髪のジェニスとその横にいる茶髪のイヅナが視線だけ向けている。

「馬鹿げた事を……そもそもグリドリンの婚約に手を貸してもらった件は、孤児院への出資と約束していたはずだ」

「その代わりということです。それに成功すれば、家督相続時の子爵降格も無くなります。もっとも“伯爵のまま末代となる”のであれば、私は何も言いませんが」

「……」

 この計画におけるグリドリンの価値は低い。だからこそ、コッチ男爵の物言いにベルトランド伯爵は口を閉ざしてしまう。

 静寂に包まれたこの空間に緊迫した時間が流れていく。

「……分かった、従おう」

「賢明な判断です」

「ただし、グリドリンとカナ様を無事に解放することが条件だ」

 ベルトランド伯爵にコッチ男爵を止める術はなかった。せめて人質の安全だけでも確保しようと、彼は協力する条件を突き付ける。

「もちろん、丁重に保護いたしますよ」

「父上……」

 コッチ男爵は条件を受け入れ、グリドリンを部屋に戻すようにハンドサインを出す。彼は父親の心中を察しながらも何もできず、領兵に連れられて退出させられる。

「コッチ様、イイさんから連絡です。ピョートル伯爵が動きました」

「敵の配置は分かりますか?」

 グリドリンと入れ替わるようにして、伝令の領兵が帰還した。コッチ男爵はその報告に動じることなく、情報の詳細について尋ねる。

「はい。伯爵が護衛1名を伴って訪問し、その間に別動隊4名を侵入させるとのことです」

「ではベルトランド伯爵、ピョートル伯爵を追い返してください。私の兵を数名付けます」

「……拒否権は無いのだろう」

 伝令の領兵がピョートル伯爵の動向をコッチ男爵に伝える。その内容から彼女自身は陽動であると見抜き、ベルトランド伯爵を矢面に立たせる。

「ジェニス君とイヅナ君は、残りの者を率いて別動隊の排除をお願いします」

「「了解」」

 別動隊についてはジェニスとイヅナに任せ、コッチ男爵はピョートル伯爵たちを迎える準備を整える。

――――――――――

「やっぱり、警戒されているね」

 別荘の正門でピョートル伯爵が交渉をしている隙に、アキトたちは侵入を試みるべく裏手に回っていた。そこには既にジェニスとイヅナが仲間と待ち構えており、厳重な警備体制が敷かれている。

「ユースケの能力なら、突破できそうだが――」

「構築反応!? イシュテナ、後ろの影に何かがいる!」

 山林に身を隠していた所にラプラスの魔眼が影の中を動くマトリクスを捉える。アキトはイシュテナを押しのけて前へ出ると、影の中から放たれたリニアブラストをシュヴァルツシルトで防ぐ。

「ノコノコやって来たな。伯爵の犬――がっ!」

 不意打ちを防がれた潜伏者は影の続く限り接近し、日の当たる場所でその姿を現す。しかし剣を構えた上半身が出たところでその動きが止まり、先へ進めなくなる。

「黙っていろ」

 投げ込まれた短剣による影縫いが潜伏者を拘束し、テレポートによってイシュテナが背後を取る。彼女は闇を身に纏い影と同化【常闇】しながら、潜伏者を影の中へと引きずり戻す。

「どうだ?」

「ダメだ、気付かれてる」

 常闇を解除したイシュテナの足元には、首から血を流して息絶えている潜伏者がいた。可能な限り隠密に対処したが、既に遅かったらしくジェニスたちが動き出す。

「このまま忍び込むのは無理だ、強行突破するぞ」

「……了解。私が陽動する!」

 警備の動きを見張っていたロッシュは両手にエイビスを形成する。シーリスも脚部を獣化して走り出し、離れた場所を経由して敵陣に突撃する。

「狼女が1人で突っ込んできたか!」

「彼女は陽動だ。残り3人の位置を割り出せ」

 ジェニスは自身の両腕を波打つ刀身を持つ両刃の剣に変形【異形化】させると、同型の剣を魔力で4本形成して迎撃態勢をとる。そしてイヅナの指揮を合図に、戦闘が開始される。

(最初から私たちが来るのが分かってた?)

「だとしても、カナさんは返してもらう!」

 シーリスは息を大きく吸い込むと、精神波を織り交ぜた指向性の遠吠え【バインドハウリング】をジェニスたちに向けて放つ。聴覚を介して脳を揺さぶることで思考を乱し、行動の阻害を謀る。

「負け犬の遠吠えだな!」

 遠吠えによって動けなくなる者が出る中、ジェニスは精神障壁を展開して耐える。上空から降り注ぐ冷気を纏った鳥型魔力弾【メーヴェ】に向けて魔力の剣を飛ばすと、シーリスを無視して発射元へ駆け出した。

「総員対空防御……敵が来る。屋敷へ入れるなよ」

 ジェニスの放った魔力の剣によって撃ち落とされたメーヴェが爆発する。それを抜けたメーヴェもイヅナたちのシールドで防がれるが、着弾時の爆発で周囲一帯に冷気が広がる。

「ロッシュの所へは行かせない!」

「ちっ、影の中にもいるのか!?」

 冷気より速く突撃してきたジェニスの剣をアキトがシュヴァルツシルトで防ぐ。もう片方の異形化した剣で盾を回り込んで突き刺そうとするが、影の中から振り上げられた白い魔力の刃によって弾かれる。

「コイツが例の無属性の女か!?」

 影の中からイシュテナがサーペントを突き上げながら姿を現す。ジェニスは懐へ飛び込んでくる刃を後退しながら回避し、そこを狙って放たれるアキトのアステロイドを空中から魔力の剣を落として相殺する。

「魔力は全部攻撃に回す。隙が出来たら突入しろ」

「分かった。ロッシュ君たちも無茶しないでね」

 先制攻撃による足止めは一定の効果こそあったものの、その隙を突破するには至らなかった。数の差を覆すためにロッシュは魔力弾による爆撃に専念し、アキトが彼を守りながら切り込むシーリスとイシュテナを援護する。

「守りが厚い……イシュテナ、テレポートで突破できない?」

「やってみる。だが、まずは」

 少しずつ切り崩してはいるもののアキトたちは足止めを食らい、いたずらに時間だけが過ぎていく。そんな中、イシュテナは蛟を接近してきたジェニスに向けて放つが、あっけなく避けられてしまう。

「ヘタクソが。あからさまなんだよ!」

 回避された蛟はそのまま空を切り、その先にある別荘2階の窓ガラスを割る。肉薄するジェニスが両腕の剣を振り下ろし、イシュテナはシールドとサーペントで受けながら後退していく。

(準備はできた。送るなら……)

「もらったぜ、白い女ぁ!」

 ジェニスはリーチと腕力の差でイシュテナを追い込み、包囲するように展開した魔力の剣を一斉に放つ。それは確信を持った攻撃だったが、彼女のテレポートによって不発に終わる。

「おい、イシュテナ。いきなり俺の所まで下がってくるな!」

 イシュテナがテレポートした先は、アキトの後ろで火力支援をしていたロッシュの真横だった。

「この建物の構造は知っているな」

「だったら、何だって……」

 陣形を崩したことに対するロッシュの注意は意に介さず、イシュテナは淡々と物事を進めようとする。目の前では彼女が抜けた穴から、戦線が押し込まれようとしている。

「案内は任せた」

「そりゃ、何度も来たことあるけ――どおおぉぉ!!」

(え、なに?)

 イシュテナと問答していたら、突然足元に穴が開いて叫び声と共にロッシュが地面の下に落ちて行く。2人への攻撃を防いでいたアキトが少しだけ視線を向けた時には、すでに彼の姿は無かった。

「うおっと……ここは別荘の中か!?」

 落下したかと思えばすぐに床に足がついた。ロッシュは勢いでよろけそうになりながらも体勢を立て直し、イシュテナによって別荘の中にテレポートされたことを理解する。

『アキトも送る。そこから援護しろ』

「ビックリするから、先に説明してくれよ」

 天井を見ると、イシュテナが撃ち込んだ蛟によって発動した転移マーカーがあった。彼女の念話に呆れながらも、ロッシュはメーヴェを準備して援護射撃を開始する。

「イシュテナ、お願い」

「調子に乗るな!」

 接近してくるジェニスに対してアキトはリニアブラストを放つが、シールドと異形化した腕によって防がれる。それでも足止めすることには成功し、イシュテナのテレポートが発動して別荘へ転移する。

(これ以上、中へ行かせるものか)

 アキトが別荘の中へテレポートしたのと同時に、転移先に向けてイヅナが風の砲撃魔法【リニアストーム】を放つ。攻撃そのものはロッシュのシールドに防がれるが、照射したまま薙ぎ払うことで転移マーカーを破壊する。

「ジェニス、マーカーは潰した。侵入者を追うぞ」

「分かった。お前たち、ここは任せたぞ!」

 別荘に侵入した2人を追って、イヅナとジェニスも離脱する。シーリスとイシュテナも追いかけようとするが、残された者たちがそれを阻止するために立ちはだかる。

『2人とも先に行って。必ず追いかけるから』

『分かった。でもいざとなったら、シンさんと合流して』

「急ぐぞ」

 信号弾を上げるシーリスからの念話に応答して、アキトはロッシュの案内で別荘の内部へ赴く。その先にあるものを知らず、カナとコッチ男爵を救うために……。

【設定紹介】

概要

空間を介して瞬間移動を行う高位の移動魔法。
見た目には一瞬で消えて現れる。
しかし発動時と移動先の両方に魔法反応が生じるため、熟練者や探知魔法の使い手には行き先を読まれることもある。
重界→異界、異界→重界の2つのゲートを開き、そこを通過することで転移している。
消費魔力はゲートの大きさ、移動距離、持続時間によって決まる。
転移先は“発動者の魔力”が存在する場所であり、短距離であれば探知魔法や魔法の余波で散った程度の魔力でも目印にできる。
距離が長くなるほど少量の魔力では特定できなくなり、長距離転移の際はまとまった魔力を事前に留めておく必要がある。
これは異界が固定された座標を持たない特異な空間であり、異界から重界へのゲートを開く際に自身の魔力が存在する場所に開くという原理を利用しているからである。
その性質から異界・ダンジョン内では重界への片道脱出はできるが、往復による転移ができない。
魔力を見つけられない場合はランダム座標でゲートが開くので、意図しない場所へ転移する危険な事故が発生する。

転移マーカー

長距離テレポートの際に目印として設置する魔力を込めたマーカー。
魔力は時間経過で自然分解してしまうので、それを抑える術式が施されている。
それでも効果時間は最大で24時間程度。

使用者

イシュテナ、狭霧アキト(決闘時に一度だけ)

初登場

第2章1話:イシュテナがグラスエイビスとの戦闘で使用


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