01-13 侵攻される駐屯地

away george, scotland, barracks

 クロムウェル隊が乗ってきた馬車に、食料や医薬品といった物資が積み込まれていく。ここから霊の国に入れば、エルフの里に到着するまで人里はない。そのため馬車の荷台が満杯になるほどの物資が必要になる。

「アキト、これがお前の荷物だ」

「ありがとうございます」

 物資の搬入を手伝っていたシンから、アキトは荷物を受け取る。それは建材用のヒノキを切り出した棒にホルダーに入ったナイフが2本、それと頑丈な革でできた大きなリュックサックだった。

「ここから先は険しい山道になる。リュックにはロープとかの個人用の道具と着替えが入ってる。水や非常食は別途支給だそうだ」

「分かりました」

 アキトはホルダーをベルトに取り付け、ヒノキの棒を両手に持って構えてみる。身の丈程の長さがあるが思ったよりも軽く、十分に振るうことができそうだった。

「アキト、本当に良かったのか?」

「はい。ここまで来たら逃げ切りましょう」

「そうだな」

 民間人であるアキトとシンには、駐屯地に残るという選択肢もあった。しかし、既に魔王軍に包囲されている以上、この場所がいずれ戦火に晒されるのは明白だった。

 クロムウェル隊に付いて魔王軍の手の及ばないエルフの里まで逃れ、春の雪解けを待って他国へ亡命する。それが現状を聞いた2人が出した答えだった。

「シンさんはエルフの里に行ったことあるんですか?」

「霊の国には仕事で何度か入ったことあるが、そこまで奥地には行ったことはないな」

 駐屯地の先にある霊の国の方に目を向けると、真っ白に染まった山々がそびえ立っているのが見える。エルフの里は今見える山を越えてさらに奥にあるというので、アキトは少し気が遠くなってしまう。

「うわぁ、これ体力もつかな……」

「馬車にも荷物を積むし、ゆっくりと安全なルートを進む予定だ。寒さには気を付けないといけないが、アキトの体力なら問題ないだろう」

「そうですか? でも、登山なんて初めてなので、ちょっと不安です」

 経験を積んだシンからしてみれば十分であるという見立てではあるが、未経験かつ年相応の身体能力であるアキトにとってはそうは思えなかった。

「出発まで時間があるから、道具の種類と使い方を教えておく。戦い方だけじゃなく、こういった知識も冒険者には必要だからな」

「はい。お願いします!」

 シンの申し出にアキトは大いに感謝し、搬入の手伝いを再開する。そして区切りがついてレクチャーを受けようと寄宿舎に戻ろうとした時、突如駐屯地内に警報が鳴り響いた。

――――――――――

『敵の襲撃を確認! 各員は武器を取り、防衛体制で配置についてください。繰り返す――』

 駐屯地の各所には通信機が整備されており、その全ての通信が指令室に集められる。通信兵がひっきりなしに飛んでくる通信を処理していると、クレイン師団長が到着する。

「敵の数は?」

「南東から黒ずくめの集団と歩兵が約20、キマイラが6頭です」

「南から騎士と歩兵、合わせて約30とキマイラ10頭、うち半数は空を飛んでいます」

「南西からは空を飛ぶキマイラ3頭に兵士が分乗、数は約10」

「3方からの同時侵攻とは……航空戦力までつぎ込んで、完全にこちらを潰しに来たな」

 これまで駐屯地を襲撃してきたのは南東の国境都市シェイフィードから来る部隊だけだった。魔王軍は西の城塞都市ミンガムを包囲したことで孤立無援になった駐屯地を一気に攻め落とす算段だと、クレイン師団長は推測する。

『こちら南西部。敵が1名先行して突撃してきます!』

『なんてスピードだ――うわあ』

「予定より早いがクロムウェル隊を出発させる」

 次々と途絶えていく通信が指令室に響き渡る。それを受けてクレイン師団長は、即座にクロムウェル隊を出発させるように伝令を走らせる。

「各員に告ぐ。援軍が望めぬ以上、この駐屯地は放棄せねばならない。我々の最後の仕事は、ソフィア様が無事に脱出できるだけの時間を稼ぐ事だ。日没まで総力戦を行う、王国軍の威信にかけて奴らをここで食い止める!」

「「了解!!」」

 クレイン師団長の言葉に、その場にいた全員が敬礼を返す。彼らは戦線を立て直すために、指令室から各地へと命令を飛ばす。

――――――――――

「伝令があった。俺たちはすぐに駐屯地を出発する。それと――」

「私とシグレがここに残る」

 駐屯地の兵士から伝令を受け、ジェイコブ隊長とエスカが内容を伝える。物資搬入は完全ではないがほぼ済んでいるので、クロムウェル隊は出発の準備を急ぐ。

「エスカ、本気なの!?」

「敵の戦力が想定以上だ。それに敵の一部が既に内部に侵入している。この駐屯地を無視してソフィア様を追わせるわけにはいかない」

 駐屯地の各地から響き渡る戦闘による騒音がだんだんと近づいてきている。2人が残ることを心配するマルームも、エスカの言葉を受け入れるしかなかった。

「王女の護衛部隊、やっぱりここにいたか!」

 そして出発の準備ができると同時に、王国兵を薙ぎ払って馬に乗った女性騎士が姿を現す。それは魔王ガリウスの命令でソフィア王女を追って来た魔王軍四天王のロザリアだった。

「そんな、もうここまで敵が!?」

「アキト君、行きましょう。エスカ、無茶しないでね」

 敵の出現に驚いているアキトの手を取り、マルームはエスカの健闘を祈る。クロムウェル隊は馬車を発進させると、彼女を残して霊の国を目指す。

「まったく、マルームはいつも心配性だな。嫁いだとはいえ、私はアルビオン家の騎士だぞ」

 馬に乗って突撃してくるロザリアに対して、エスカは盾を構えながらランスを軸にして魔力の光輪【天使の輪】を次々と形成する。さらに前傾姿勢から天使の羽を平行に広げ、羽根の隙間を埋め尽くすように黄色い魔力を充填していく。

「聖浄なる天命は裁きの槍と共に――」

(正面から迎え撃つつもりか。面白い)

 ロザリアも対抗するかのように馬上で盾を構え、魔力を風に変えて剣に纏わせる。互いに睨み合っていた時間は数秒にも満たず、エスカが踏み込むのと同時に純白の翼が一度だけ大きく羽ばたいた。

「散りゆく極光、閃光となりて! ヘヴンズドライブ!」

 その瞬間、ランスに纏った天使の輪が弾けて聖光を放ち、エスカが光の粒子となって消えた。羽に蓄えた魔力の放出による爆発的な加速が、閃光の一撃【ヘヴンズドライブ】となってロザリアを襲う。

「くっ、やるじゃないか!」

 残された光の軌跡の先では馬の頭が粉砕され、エスカのランスが緑色のシールドと金属製の盾を貫いていた。ロザリアは着弾の衝撃で吹き飛ばされながらも、風を纏った剣を振り上げて反撃を行う。

(剣が伸びる!?)

 剣の刀身が分割したかと思うと、内部のワイヤーが伸びて鞭のような形に変形する。エスカはその攻撃を盾で防ぐが、突撃の勢いが削がれて追撃することが出来なかった。

(マルームたちは行ったか)

「これは、私が先に来て正解だったね。マリクや部下たちには荷が重すぎる」

 エスカは馬車が無事にこの場から離脱したことを確認すると、吹き飛ばしたロザリアへ視線を向ける。彼女は後方に合った建物の壁に激突しながらも、鞭のように伸びた剣【蛇腹剣】を巻き取りながら姿を現す。

……

…………

「馬車が抜けたら門を閉じる。そしたら――!?」

 駐屯地の北門に近づいたところで、シグレが空中を高速で走る武器を持った男の姿を目撃する。その男はクロムウェル隊の馬車を見つけると、目にも止まらぬ速さまで加速して突っ込んでくる。

「皆はそのまま進んで!」

「シグレさん!?」

 すでに察知していたシグレは自身を中心に魔力を放出しており、周辺の空間には薄っすらと彼の赤い魔力の靄が漂っている。そして居合の構えから魔力を纏った刀を振り抜くと、その動作と寸分たがわずに空中に斬撃が発生する。

「ハハッ、俺のスピードに合わせてくる奴がいるとはな!」

「まったく、見送りくらいさせて欲しいな」

 その斬撃は空中を駆ける男の動きを捉え、回避するために急制動をかけて地上に降りてくる。現れたのは大柄の男であり、柄の長い大太刀【長巻】を肩に乗せて迎撃したシグレに関心を示す。

「俺は魔王軍四天王、グライヴ! お前の名前を聞かせてくれ」

「出雲シグレ……」

「シグレか、最強の俺と戦えるとは運が良かったな!」

 魔王軍の四天王を名乗るグライヴが、目にもとまらぬ速さで空を駆ける。対するシグレはその場を動くこと無く高速で刀を振るい、その度に距離を無視した斬撃が空中に現れる。

(は、速すぎて視えない)

「ハハッ、こりゃ凄え! 斬撃が湧いて出てきやがる」

「この場は既に僕の領域だ。どこにいようが、どれだけ速く走ろうが、全て分かる――」

 アキトの目で追えないほどの速度で繰り広げられる攻防……グライヴはフェイントを織り交ぜつつシグレに対して攻撃を試みるが、先読みするかのように現れる斬撃に翻弄される。

「不倶戴天……君はもうこの先の空を駆けることはできない」

「上等じゃねえか!」

 高精度の探知魔法で相手の位置と動きを把握し、洗練された剣術を高速動作で繰り出す領域魔法【不俱戴天】……シグレはクロムウェル隊に追っ手を向かわせないため、魔力を練り上げてグライヴに向き合う。

「アキト君……君がどんな冒険者になるのか、楽しみにさせてもらうよ」

「はい。その時はエスカさんも一緒に!」

 アキトに再会の意思を伝えながら、シグレはグライヴの猛攻を捌いていく。彼らと駐屯地の支援を受けたクロムウェル隊は、馬車を走らせて霊の国へと脱出する。


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