『ごきげんよう。アルヴヘイム国王の諸君。我が名はガリウス・ダーク、魔王の意思を継ぐ者である』
新年祭で賑わっていたはずの王都アルヴリア全域に、ガリウスと名乗る男の声が響き渡る。彼は50年前に倒されたはずの魔王の後継者を名乗り、新年祭を楽しんでいた人々を困惑の渦に飲み込んだ。
『この世界は間違っている。なぜ、我々は真の姿を隠して生きねばならない? なぜ、人類の作った法は格差を生む? それは偽りの姿で生き、その偽りに合わせて世界を作るからだ!』
50年前に存在した魔王と呼ばれた男は、氾濫軍と呼ばれる異界の軍勢を率いてこの世界に恐怖を撒き散らした。その後継者を名乗るガリウスの演説は止まることは無く、人々にかつての恐怖を想起させる。
『我々は人類という器に囚われたこの世界を解放する者である! 解放者たちよ、真実の姿をもってこの虚構を打ち破るのだ!!』
「「ウオオ――ッ!」」
魔王ガリウスの演説に合わせて、各地で賛同する者達が種族本来の姿に変身【異体化】して暴れ始める。彼らが起こした暴動は瞬く間に広がり、爆発音や家屋が崩壊する音が王都アルヴリアを包み込む。
『人類たちよ。解放のために立ち上がるのであれば、我々は同志として迎え入れよう。だが、反抗するのであれば容赦しない。諸君らの賢明な判断を期待する』
魔王ガリウスの演説によって、人々が享受していた平和が崩壊した。アルヴヘイム国王軍の兵士や騎士たちが暴動の鎮圧に動き始め、王都全域が戦場となるのに時間はかからなかった。
「皆さん、落ち着いてください!」
暴動による騒動はシンたちのいる広場でも発生していた。護衛の女性騎士が混乱している人混みをかき分けてソフィア王女の元へ行こうとするが、中々先へ進めないでいる。
「ソフィア様! ここは危険です。早くお逃げ――」
護衛の女性騎士がソフィア王女を先に逃がそうと声をかけた時、何者かによって首が跳ね飛ばされる。彼女の体は力なく倒れ込み、切断面から流れ出した血が人々の足元へ流れていく。
「キャアア――ッ!!」
「おまえ! 何をしたんだ!」
「おい、そんなこと言ってる場合か! とっとと逃げるぞ」
その光景に周囲にいた人々はさらにパニック状態に陥る。悲鳴をあげる者、逃げ出す者、唖然としたまま硬直する者……パニックがさらなるパニックを呼び、広場は阿鼻叫喚となった。
「ショウ、動いてはダメよ。そのままわたくしの後ろを守りなさい」
「はい」
「さてさて、お迎えに上がりましたよ。お姫様」
護衛の騎士を殺した赤眼の男が、血に濡れた剣をソフィア王女に向ける。彼は先ほどまで腕試しのディーラーをしていた男であり、髪の毛が兜を思わせるような形で硬質化していた。
「バルゼロ! 王女を捕まえたら大金が出るんだよなぁ!」
「王女がなんだ……どいつもこいつも、俺をコケにしやがって」
そんな中、腕試しに参加していた2人組の冒険者がバルゼロに声をかける。血走った目で醜悪な笑みを浮かべる彼らに、シンたちはただならぬ様子を感じて身構えていた。
「はいはい。カッカしないの。お姫様は俺が連れてくから、2人は周りにいる怖いお兄さんたちを排除してね」
「あの人たちも敵なの!?」
「そうそう。ショウちゃんも仲間に入れてあげるから、こっち向きなよ」
「振りむいてはダメよ」
2人の冒険者に指示を出したバルゼロはショウと視線を合わせようとするが、ソフィア王女によって阻止される。
「その不快な眼をやめなさい」
「失敬失敬。さすがにお姫様はお見通しか」
ソフィア王女はレイピアを突き付けられながらも、毅然とした態度を崩すことは無かった。対するバルゼロも、指摘に動じることなく彼女を見据えている。
「この騒動を引き起こしたのは貴方かしら?」
「まさかまさか。俺がやったことなんて、燻ってる不平不満をちょいと引き出してやっただけさ」
ソフィア王女の問いに、バルゼロはあっさりと自らの行為を告げる。おそらく王都のあちこちであの2人の冒険者のように同調するように仕向けられた者が、魔王ガリウスの同志として参加しているのだろう。
「なるほど……演説で同志を募っていたのは、その仕込みがあったからね」
「正解正解。俺たちはマイノリティだからな……取り込める奴は取り込んどこうってわけ。だからお姫様もこっち来なよ」
「お断りします」
「おー、怖い怖い。それじゃあ、お姫様の美しい顔が台無しだよ」
魔王ガリウスが演説した内容に疑問を持っていた事について、バルゼロの存在が答えを示した。ソフィア王女は提案をはねのけ、彼を睨み付けながら形見となってしまったレイピアを構える。
「そこまでにしろ」
「……おいおい、アイツら弱えじゃねえか」
「気を付けて、眼を見てはダメよ」
2人の冒険者を退けたシンが、この状況を打破するために駆けつける。そんな状況でも余裕を崩さないバルゼロに対し、能力を察知したソフィア王女がアドバイスを送る。
「はーい、残念残念」
「くっ」
バルゼロは自身が持つ感情を乱す眼【狂気の眼】を向ける。ソフィア王女の声を聞いたシンはすぐに目を閉じて視線を塞ぎ、気配を頼りに槍を振るう。
「おっとおっと、やるじゃないの」
「減らず口を」
シンは目を閉じながらもソフィア王女に向けられていた剣をはたき落し、バルゼロは追撃を避けながら慌てて後退する。
『ショウ、やるぞ』
『まったく、待ちくたびれたわよ』
そこにシンの脇を抜けてきたショウが、目を閉じたまま接近する。それに気を取られた隙に、ズイがバルゼロの背後を取って逃げ場を封じる。
「おー、近い近い。ショウちゃん、目を開けなよ。弟君まで斬っちゃうよ?」
2人の距離は下手したら同士討ち、そうでなくても剣同士が接触してしまうほど近かった。だからこそ、バルゼロは挑発して2人の調子を崩そうとした。
「「はああ――ッ」」
2人はバルゼロの言葉に取り合うことなく、完全に同期した動きをもって首筋のわずかな隙間に向けて剣を薙ぐ。寸分の狂いもなく放たれた挟撃は、互いの剣が干渉することも、切っ先で互いを傷つけることなく振り抜かれた。
「ふぅ、危ない危ない。こりゃ、格好つかねえなぁ」
両側から迫りくる刃を、バルゼロは倒れ込むようにして強引に躱す。自身の体を魔法で弾き飛ばすことで地面を転がりながらも距離を取り、そのまま脇目も振らずに逃げ出していった。
「ソフィア様、ご無事ですか?」
「逃がしてしまい、申し訳ありません」
ショウはソフィア王女の身を案じ、ズイはバルゼロを逃がしてしまったことを悔やむ。周囲には敵も逃げ遅れた人の姿はなく、気絶させた2人の冒険者も拘束して路の脇にどける。
「ここにいた人たちは全員逃がした。王女様も早く逃げな」
「……いえ、わたくしはアルヴリア城へ戻ります」
「1人で行く気か?」
ソフィア王女はリューネの提案に首を横に振る。引き留めようとするシンの言葉も無視し、彼女は王都の中央にあるアルヴリア城に向かって歩き出す。
「アルヴリア城にはお父様と一緒に近衛騎士団がいます。わたくしがそちらに向かえば敵も追いかけてくるでしょう。貴方たちはその間に避難してください」
そう言うとソフィア王女は、返事を待つことなく全身に魔法で起こした風を纏って飛び立っていく。残されたシンたちは、周囲を警戒しながら次の行動を思案する。
(アルヴリア城のある中央区にはレンと親父さんがいる。下手に外へ逃がすより、王国軍と合流させた方が安全か?)
「俺とリューネは王女様を追って中央区へ向かう。お前たちは――」
「私たちも一緒に行きます! まだ逃げ遅れた人たちだっているはずです」
少し考えてからシンはリューネたちに対応の指示を出すが、避難できなかった人々を心配するショウが食い下がる。その意志はズイも同じらしく、2人は確固たる面持ちを向ける。
「確かにそうだが……」
「おいおい、こいつらはアタシが鍛えたんだ。足手まといにはならねえよ。それにこの状況だ。戦えるやつは多い方がいい」
「分かった。敵を蹴散らしつつ中央区へ向かう。場合によってはそのまま王国軍と合流する。遅れるなよ」
「「はい!」」
リューネの言葉を信じ、シンは2人を連れて中央区へ向かうことを告げる。惨劇が広がる王都アルヴリアの中を、彼らは武器を持って駆けていく。
コメント