新年祭の最中、王都アルヴリアは突如として現れた魔王軍によって戦場と化した。いたるところで火災が発生し、建造物だけでなく多くの死体が倒れていた。シン達は襲ってくる敵を排除しながら、ようやく中央区までたどり着いた。
「兄さん! リューネ!」
「良かった。無事か」
アルヴリア城へ通じる大通りを走っていると、正面から逃げ出してきた十数人の集団と出会った。その中にはレンと親父さんもおり、シンとリューネは一先ず安心する。
「シン君か。しばらく見ないうちに大きくなったのぉ」
「爺さんも怪我がなくて良かったよ」
レンが訪ねていた店主の老人も一緒に逃げてきており、シンは数年ぶりの再会を喜ぶ。
「オヤジ、この辺りには王国軍はいないのか?」
ここに来るまで、散り散りに戦っている王国軍は見かけたが、肝心の本隊が見当たらない。疑問に思ってリューネが尋ねるが、親父さんの表情は険しいままだった。
「……ここはもうだめだ。お前たちも早く王都から逃げろ! 最初は王国軍が応戦してたんだが、すぐに押されて奴らが次々と城の中に流れ込んで行ったんだ。俺たちは離れた場所に避難してたから、頃合いを見計らってなんとか逃げ出せたが……」
アルヴリア城の状況を見た親父さんは、シンたちに必死に逃げるように訴える。その声でその時の光景を思い出したのか、両親に抱き付く子供……十字架を握り締めている老婆……互いに手を握り合っている2人の女性……そしてレンと店主の爺さんは顔を伏せていた。逃げてきた人たちのその悲痛な姿を見れば、嫌でも絶望的な状態であると認識させられる。
「キャアア――ッ!」
沈黙を破るように、どこからか女の子の悲鳴が聞こえてきた。声がした方を向くと、十字路から武装したゴブリンの集団に追われている少女が出てきた。
「兄さん、ゴブリンが!?」
「俺が先行する。お前はあの子を」
「分かった」
少女はこちらの存在に気付くと、助けを求めて走ってくる。それと同時にシンとレンが彼女を助けるために走り出す。
「リューネさん、城の方から敵が来ます!」
「少数ですが屋根の上からも……囲まれています!」
「チッ、面倒な……私は城から来る方をやる。お前たちはそっちを頼む!」
しかし敵はそれだけではなく、気づいたズイとショウが皆に知らせる。気づけば敵に囲まれており、避難してきた人たちを守るためにそれぞれが動きだす。
シンはこちらに向かって走っている少女の横を走り抜け、少女に向けて放たれた矢をシールドで受け止める。
「ニヤニヤ」
一対多数で有利だと思っているのか、ゴブリンの武装集団は嫌らしい笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。弓を持った者が矢をつがえているが、他の連中は魔法を使うそぶりすら見せない。
(よし、あの子はレンの所に行けたな)
レンが少女を抱きかかえたのを視界の端に捉えると、シンは魔法で雷を発生させ槍だけではなく身体全体に纏う。
「ニヤニヤ」
(何が……何がそんなに面白い)
シンが大きく一歩踏み込むと、弓を絞るより速くゴブリンの頭を吹き飛ばす。雷を纏った高速移動魔法【電光石火】の加速から繰り出された一撃を知覚できたゴブリンはいなかった。
「――ッ!?」
「遅い」
頭部を失ったゴブリンが倒れたことで、ようやく他の者たちが気付く。そしてシンは振り返りながら槍をしならせ、鎧を着たゴブリンの横腹に叩き付ける。その衝撃により鎧は凹み、肋骨が折れたのか苦痛の表情を浮かべながらその場にうずくまる。
「ぐわっ!」
「クソッ、囲め! 囲んで叩け!」
ゴブリンたちに先ほどまでの余裕は無く、追っていた少女を無視して全員でシンに襲い掛かる。
「もう大丈夫だからね。一緒に安全な場所まで逃げよう」
ゴブリンの注意がこちらから逸れたことを確認したレンは、抱きかかえていた少女を降ろそうとする。しかし少女はレンにしがみ付いたまま離れようとはしなかった。
「……怖いの」
(仕方ないなぁ)
背中に生えた羽は縮こまっており、その声は震えていた。まだ10歳を過ぎたくらいの少女に、この状況で無理意地はできなかった。レンがもう一度抱きかかえると、少女は安心したのか満面の笑みで思いっきり抱き付く。
「ヘヘ、お兄さん温かい」
小さい体に白いワンピースという年相応のかわいらしさと、肩まで伸びた長い金髪と整った顔立ちによる美しさを持つ少女から、レンは不思議と目が離せなかった。
「まったくもう……でも、君に怪我がなくてよかったよ」
「うん。お兄さん、ありがとう」
少女はさらに手足に力を入れてレンに抱き付く。その様子に周囲の人たちも彼女が無事に保護されたことに胸をなでおろす。
「ハハ、お礼なら僕じゃなくて、戦ってる兄さんたちに言いなよ」
「嫌だよ……だって、アイツらは敵だから」
だがレンが何気なく言った一言で、助けを求めていたはずの少女が豹変する。嫌悪感をむき出しにしたのかと思うと、彼女は大きく広げた黄金の羽で彼を包み込む。
「でもお兄さんは優しかったから……ボクの特別な歌を聴かせてあげる」
そして少女はレンの耳元に顔を近づけると、優しくさえずる様に歌を紡ぐ。
「♪~♪~~♪~」
(なんだろう。とても温かい……あれ、僕は何をしていたんだっけ?)
少女の歌声はとても美しく、その歌はとても心地が良かった。体の中が溢れ出す多幸感で満たされ、逆に抱かれているような感覚にレンは支配される。
「ゴフッ――!」
体内の感覚が飽和するのと合わさるかのように、レンは口から大量の血を吐き出す。少女はその血を浴びながらも歌い続ける。
「レン!!」
「レイチェル様!」
シンはその異変に気付くと、最後のゴブリンの脚を切り裂いてレンの元へ向かう。レイチェルと呼ばれた少女は、不意打ちで放たれた一撃を空に飛んで避ける。
シンはそのままレンの体を支え、戻ってきたズイとショウが攻撃を仕掛ける。
「騙したのか!」
「許さない」
「フフ、騙される方が悪いんだよ」
2人がかりで巨大な竜巻を魔法で起こし、宙に浮いて身動きが取れなくなったところを四方から剣で襲い掛かる。レイチェルはその威力に最初は全身を覆うバリアを張って耐えるが、竜巻が弱まったところを突き破って脱出する。
「てめえ、レンに何しやがった!」
双子の連携をいなしたレイチェルだったが、目の前にはリューネによって作り出された灼熱の火球【メギドフレイム】が待ち構えていた。
レイチェルは即座に羽で自分自身を包み込むと、回転と共にありったけの風を纏うことで対抗する。灼熱の炎と強大な旋風がぶつかり、周囲に熱波を撒き散らす。
「ハハッ、なかなか面白かったよ!」
「レイチェル様、待ってくださいよーー」
羽や衣類に若干の焼け跡が見られるもののリューネの炎を打ち破ったレイチェルは、満足したとばかりに飛び去っていく。そしてそれを追いかけるように、生き残ったゴブリンたちも怪我人を連れて退散していく。
「ゲホッゲホッ――」
「誰か! 誰か医者はいないのか!」
何度も咳き込みながら吐血するレンを見て、リューネは医者を探そうとする。しかし、この場に医者などいるはずもなく、周りの人たちはただ見守る事しかできなかった。
「くそっ……駄目なのか」
シンも手持ちの回復薬【ポーション】を片っ端から飲ませ続けている。しかし、内臓が破裂しているのか焼け石に水にしかならず、レンはその度に血と一緒に吐き出してしまう。
「に……にい、さん」
「なんだ、レン?」
「こ、これ……かの……じょに」
レンはかすれた声で結婚相手に渡すはずだった指輪を取り出す。彼女の髪と同じ綺麗な銀色に輝いている指輪が、最期の願いとしてシンに託される。
「ああ、必ず」
「ありが……と……ぅ」
「嘘だろ……おい、レン。起きろよ」
シンが指輪の入った箱ごと手を握って約束すると、レンはそのまま穏やかな顔で眠りにつく。リューネが涙をこらえながら声をかけるが、その声が届くことはなかった。
「レン……向こうに行ったら、父さんたちによろしくな」
悲しみ……怒り……無力感……様々な感情が沸き上がっては混ざり合っていく。胸が締め付けられ、嗚咽が込み上げてくる。
それでも、シンはそれらの感情を押しとどめてレンの冥福を祈る。悲しむのはここから生きて帰ってからにするべきだと自分に言い聞かせて……。
「リューネ、皆を連れて脱出してくれ。俺たちが来た道なら敵も少ないはずだ」
「おい、シン。お前はどうするつもりだ!」
「俺は城の様子を見てくる。王国軍が当てにできない以上、王女様を見殺しにするわけにはいかないからな」
自分が残り、リューネたちに逃げてきた集団を王都から脱出させるように提案する。シンは湧き上がる感情に呑み込まれないように、返事を聞く前にアルヴリア城に向かおうとする。
「待てよ。それならアタシも――」
「俺なら大丈夫だ……レンとの約束もあるしな。お前はこの人たちを逃がすんだ」
リューネが腕を掴んでシンを止めようとするが、体に纏った雷によって弾かれてしまう。シンは口を開くたびに漏れ出しそうになる感情を抑え、振り返ることなくこの場を彼女に任せる。
「馬鹿野郎!! お前まで死ぬんじゃねえぞ!!」
リューネの叫びを聞きながら、シンはバウンドブロックを蹴りながらアルヴリア城を目指して空中を駆けて行く。
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