ワタオ村に到着した一行はイシュテナと別れ、馬車を預けて宿屋の手続きをする。カナとシーリスはそのまま食事と風呂を済ませ、寝間着に着替えて部屋でくつろいでいた。
「ねえ、イシュテナは明日来てくれるかな?」
カナはシーリスに髪を梳かしてもらいながら、イシュテナも一緒に来てくれることを願う。2人は獣人系の種族であり獣耳を出しているが、それゆえに慣れた手つきで獣耳の間を器用にブラシで撫でていく。
「そればかりは彼女の都合次第かな。フリーの冒険者と言っても、色々なスタンスの人がいるから」
「シーリスは今まで1人で冒険者をしていたの?」
「基本的にはね。でも同じ依頼を受けた人たちでパーティーを組む事も多いから、あんまり1人って感じはないかな」
シーリスのようにその時の依頼でパーティーを組む冒険者もいれば、完全にソロで活動する冒険者もいる。イシュテナの冒険者としてのスタンスは不明だが、あの場で断らなかったことから後者ではないと2人は期待している。
「カナさんって、意外と親しみやすいよね。私、貴族ってもっと近寄りがたいイメージだった」
カナの髪を梳かし終わったので、場所を交代して今度はシーリスが梳かしてもらう側になる。ブラシの感覚を感じながら、彼女は貴族に抱いていた印象を伝える。
「他の貴族は分かりませんが、私は色々と特殊なので」
「特殊?」
「実は私、半年くらい前まで病気で寝たきりだったんです」
「ええ!?」
カナから帰ってきた言葉に、シーリスは驚きの声を上げずにはいられなかった。思わず振り向きそうにもなったが、髪を梳かしている最中で危険なので何とかこらえる。
「今はもう大丈夫ですよ。ちゃんと完治してばっちり健康体です!」
「そ、それなら良かったけど……」
心配するシーリスに対して、カナは身振り手振りで健康であることをアピールする。
「だから楽しいんです。こうして皆と一緒に過ごせるのが……友達ができたみたいで」
「え~、私はもう友達のつもりだけどな~」
「あ、ずるいですよ。それ。リオールでお別れなのが、辛くなるじゃないですか」
髪を梳かし終わり、2人はそれぞれのベッドに腰を掛けて向き合う。友達になれたことは嬉しいが、どうしてもカナはリオールに着いた後のことを考えてしまう。
「ちなみに、リオールに着いた後はどうするんですか?」
「私はアキト君に付いて行くつもりだよ。テトラ様に会ってみたいのもあるけど……この国が魔王軍に襲われないように、私にもできることがあるなら協力したいから」
シーリスは隣国アルヴヘイム王国の実権を握った魔王軍が侵攻してくる可能性を想定する。領都バーストンを襲おうとしたキマイラがその前兆だとしたら、セレスフィルド連邦を……故郷を守るために、できることはしたいと考えていた。
「もちろん、カナさんが困ってたらすぐに駆け付けるから。いつでも呼んでね」
「はい、その時は頼りにさせてもらいます」
魔王軍の侵攻という言葉でカナが少し不安な表情を浮かべたが、それを見たシーリスの言葉に頼もしさを感じる。2人はその後も談笑を続け、笑い声が途切れることはなかった。
――――――――――
一方その頃、男性陣は村の酒場で食事をしていた。店内は1日の仕事を終えた冒険者で賑わっており、店員たちが忙しく料理を運んでいる。
「……僕も本格的に魔法を学んだ方がいいのかな?」
「それなら、僕が教えましょうか? 今読んでいる本の復習にもなりますし」
お酒を飲みながらユースケがポツリと呟く。その言葉に最初に反応したのは、鹿肉の串焼きを食べていたアキトだった。
「そう言えば、時間があるときに読んでたね」
「はい。“魔法の基礎理論と実践入門”という本です」
「な、何だかタイトルからして難しそう」
ユースケはアキトが読書している姿を思い出し、その時に読んでいる本のことだと知る。それと同時にタイトルを聞く限り、この世界で生まれ育っていない自分には難解だと尻込みする。
「大丈夫ですよ。確かにこの本はタイトル通りに理論的な内容が書いてあって、完全な初心者には敷居が高いですが、理論と実践がどのように対応しているのかが丁寧に書かれていて――」
丁寧に座学をしている余裕のなかったアキトは、これまで実践を優先して魔法を習得してきた。エルフの里で基礎知識については改めて教えてもらったが、理論的な内容も学びたかったためにセレスフィルド連邦入国時にこの本を購入した。
「アキト君、いきなりどうしたの?」
「酔って饒舌になってるんだろう。水を飲ませれば止まる」
ただ、説明に熱が入ったのかアキトはユースケの反応に構うことなく喋り続ける。見かねたシンが助け舟を出し、水を飲ませることでようやく止まった。
「すいません。僕、まだお酒を飲み慣れてなくて……」
「別に大丈夫だよ。元の世界で、もっとひどい酔い方する人を見て来たから」
(社会人って、大変なんですね)
この世界の成人年齢は15歳なので飲酒することに問題は無い。とはいえ、転生前は未成年だったアキトはこの世界に来るまでお酒を飲んだことはない。そのため酔いの体質をまだ理解していなかった。
「すいません。少し良いですか?」
「はい、何でしょう」
アキトが冷静さを取り戻したところで、トレンチコートを着た金髪の女性が声をかけてきた。鞄を肩に掛け腰に剣を差したままであることから、村に戻って来たばかりの冒険者だと推測される。
「ありがとう。君たち、今日この村に来た人だよね?」
「そうですよ」
「実は人探しをしていて、もし情報があったら教えて欲しいの」
そう言うと女性冒険者はコートの内ポケットから手帳を取り出し、挟んであった1枚の写真をアキトたちに見せる。その写真は古ぼけており、そこには幼児を抱いて椅子に座っている女性が写っていた。
「古い写真ですね。写っているのはどなたですか?」
「乳母と妹です。10年前に彼女が妹を連れて失踪しました。この写真を撮った少し後のことです」
「10年!?」
ケビンの問いに答えた女性冒険者の回答に、アキトは驚く。写真の端には“ラウラ 2歳”と書かれていることから、妹の方は現在12歳ということになる。
「妹の名前はラウラ、乳母はハイデマリーです。彼女は当時29歳でした」
「申し訳ございませんが、お役に立てそうにありません」
「俺もだ。悪いが他を当たってくれ」
ケビンとシンが自身の記憶を辿ってみるが、思い当たる節は無かった。転生者であるアキトとユースケも当然知らないので、黙って首を横に振る。
「そうですよね……あ、私はエルネスタと言います。この先でそれらしい情報があれば、覚えていてくれると助かります」
「そのくらいなら、構いませんよ」
「ただ、期待はしないでくれ」
「はい。ありがとうございます」
手がかりが少ないのは分かっているのか、エルネスタはこの事を頭の片隅にでも入れておいて欲しいと伝える。アキトとシンが一応の了承をしたことで彼女は笑顔でお礼を返す。
「すいません。このテーブルにエール4つ、代金は私で」
「はーい、少々お待ちください」
「それじゃあ、またどこかで会いましょう」
エルネスタは店員にお酒を注文すると、空いている席を探しに店の奥へと消えて行った。背中を見せたことで初めて彼女がポニーテールであることに気づき、低い位置で括られた髪が左右に揺れている。
(元の世界では、僕もずっと探されているのかな?)
アキトはそんなエルネスタの後ろ姿から目が離せず、家族の事を思い出して物思いに耽る。それは隣にいるシンから、声をかけられるまで続いた。
「気になるのか?」
「残された側は、どんな気持ちなのかなって……」
「……こればかりは、言葉にできるものじゃないさ」
シンには双子の弟がいたが、アルヴリア王国で起きた魔王軍の襲撃で殺されている。向かい側にいるユースケとケビンには聞こえないように、小声でアキトの問いに答える。
「お待たせしました。エール4つです!」
「お二人とも、せっかくですので頂きましょう」
「そうですね。ほら、シンさんも」
「ああ」
店員が運んできたお酒をケビンが2人に渡す。4人は改めてグラスを軽く当てて乾杯すると、料理を食べながらお店の賑わいに加わる。

「3月12日……早朝に領都バーストンを出て、ワタオ村を目指した」
月明かりの中、イシュテナは部屋の明かりも付けずに独り言をつぶやく。壁を背もたれにベッドの上に片膝を立てて座り、その視線は空けた窓の外を眺めている。
「昼前ごろ、キマイラを倒した狭霧アキトとシン・アマガツに会った」
夜空には、青色の月、黄色の月、緑色の月、赤色の月……それぞれの色で光る月が十字の配置で浮かんでいる。周囲の星は4色いずれかで輝いており、ごくわずかだが白色の星がそこに紛れていた。
「アキトは重力魔法を使う、駆け出しの理術使いで――」
誰かが聞いているわけでもなく、イシュテナは今日の出来事を淡々と反芻していく。何かを確認するように、あるいは自分に言い聞かせるように……。
「――明日からは、彼らに付いて貿易都市リオールへ向かう」
イシュテナの手には、白色に光る小さな石が握られていた。喋り終えた彼女はその石を夜空にかざし、十字に並ぶ月の中心に添えて光が消えるまで眺めていた。
【設定紹介】
月の満ち欠けの周期によって1ヶ月の長さが決められている。
そこから1ヶ月を30日、1年が12ヶ月の合計360日としている。
月は魔月(青色)、天月(黄色)、霊月(緑色)、妖月(赤色)の4つがあり、それぞれ対応する属性の色で光っている。
1ヶ月のうちに月の配置は[新月→十字→満月→十字]でループし、満月の時に正面に来る月は[魔→天→霊→妖]でループしている。
| 01日 | 新月 | 4つの月全てが見えない配置 |
| 10日 | 十字 | 4つの月が十字になっている配置 |
| 16日 | 満月 | 4つの月が重なって正面の1つが見える配置 |
| 22日 | 十字 | 10日の時と上下左右逆の配置 |
ほとんどが月と同じ4色のいずれかで光って見えるが、ごくわずかに白色の星もある。
色の偏りは月と同様に属性との関連があると考えられているが、仮説の域を出ない。
第2章3話:イシュテナが見上げた夜空

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