01-34 セレスフィルド連邦入国

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 エルフの里の長であるエルフィナの計らいもあり、アキトたち3人は無事にセレスフィルド連邦に亡命する。アルヴヘイム王国と隣接する国境都市ルガリーは、王国を追われた多くの難民たちで溢れかえっていた。

「まさか、エルフの里にいる間にこんなことになっているなんて……」

 アリスは第3王子レイモンド・F・アルヴヘイムの即位と、それに関する魔王軍の動きを知ることになる。それにより第1王女への関心が薄まったのは良いが、代わりに傀儡として利用されている異母弟を心配する。

「アリスさん、戻りました」

「あら、アキト。またその服を着ているの?」

 宿に戻って来たアキトは黒いラボコートと薄手の布手袋……そして眼鏡という、王都アルヴリアを脱出した時と同じような格好をしていた。

「普通の服は全部売り切れだったんですよ。残っていたのは冒険者用の防具か、こういった作業着しかなくて……」

 これらは魔法の研究者が実験時に身に着ける物とあって、コートと手袋は耐薬品性と耐魔法性に優れる。眼鏡も度がない代わりに魔力の透過を抑えることから、副次的にではあるがラプラスの魔眼を隠す効果がある。

「冒険者ギルドの方はどうでした?」

「逃げ延びた人たちで溢れかえっていたわ。新規登録も一時停止中……登録は別の街でしましょう」

「そうですね」

 アキトたちとは別に、冒険者ギルドを見に行っていたアリスがその様子を答える。どうやら難民が仕事を求めて押し寄せていたらしく、対応が追い付かず登録ができない状況になっていた。

「できれば早く準備を済ませて、出発したいところだけど……」

「僕ら、お金持ってませんもんね」

「ヴィーヴルの魔晄石は?」

「残念ながら、適正価格で買い取ってくれる所がありません」

 駐屯地で支給されたリュックサックは使いまわし、防寒着はこの地域では厚すぎるので古着屋に売った。ここに来るまでに狩った動物の毛皮等も売ったが、それだけでは当然足りるはずもなかった。

「悪い。待たせた」

「僕も戻って来たばかりなので、大丈夫ですよ」

「2人にはこれを渡しておく。中には数日分の生活費が入ってる」

 少し遅れて戻って来たシンは、内部に魔力による回路が埋め込まれているカード【MCカード】を1枚ずつアキトとアリスに渡す。このカードには様々な種類が存在し、これはセレスフィルド連邦の通貨が入ったカードだった。

「シンさん、大丈夫なんですか? 両替したらお金がかなり減ったって……」

「魔力のゴミにならなかっただけマシだ」

 この世界の通貨単位は共通してマイト【Mt】と呼ばれるが、厳密には発行した国によって別の通貨となる。魔王軍の侵攻によって情勢が不安定になったアルヴヘイム王国発行のマイトは暴落……現在は落ち着いてきているが、前までは足りたお金が今では足りなくなっている。

「それで、このお金はどこから?」

「ハンターギルドに行って借りてきた」

「つまり借金……」

 にもかかわらず渡されたMCカードを見ながら、アリスがシンに渡されたお金の出所を尋ねる。アキトは彼に借金を追わせてしまったことに後ろめたさを感じるが、今の自分では借金すらできないので頭が下がるばかりだった。

「仕事を数回こなせば返せる額だ。領都バーストンへ向かう馬車の護衛依頼を引き受けてきたから、そう心配しなくていい」

「ハンターギルドで護衛依頼ですか?」

「ああ、難民向けじゃなければこっちの方が早い」

 冒険者とハンターでは本来の役割は異なるが、その両者の能力が求められる場面も多い。そのため両ギルドはどの国でも相互協力の関係を築いており、スムーズな依頼の斡旋ができるように整備されている。

「出発は明後日の朝だ。必要な物があれば明日のうちに準備しておけ」

「ええ、このお金は大事に使わせてもらうわ」

 出発の目途が立ったところで3人は夕食を取り、セレスフィルド連邦での初日を終える。

……

…………

 そして迎えた出発の日……アキトたちは護衛依頼を受けた馬車の出発場所で依頼人と落ち合った。乗客たちも全員揃っており、現在は馬車の荷台に荷物を載せて出発の準備をしている。

「ハンターのシン・アマガツだ。連邦の冒険者登録もある。まだ冒険者じゃないが、アキトと2人で護衛を務める」

「わざわざライセンスまで……ハンターギルドから話を聞いているので大丈夫ですよ」

 シンはハンターライセンスを見せると、まだ冒険者ではないアキトが同行することを改めて伝える。その点については商人も了承しているようだった。

「いやー、奮発して優先的にハンターギルドに回してもらって正解でした! 冒険者ギルドだけだったら、いつまで待たされたことか」

「そんなにか?」

「はい。難民の移動で馬車のキャパシティはパンクし、それを狙った犯罪も増加しました。かといって護衛を雇おうにも冒険者の数も足りず……最悪、数日待ちも覚悟していました」

 国境都市ルガリーから出発する馬車の数は急増したが、逆にこの街へ向かう本数は減少した。そのため冒険者の出入りのバランスが崩れ、護衛依頼の回転率が上がらない状態が続いていた。

「見たところ荷馬車のようだが?」

「私は商人なので、ここには商品を届けているんです。普段ならここで代わりの商品を乗せて戻るのですが……この情勢ではアルヴヘイム王国から商品が入ってこず、今は臨時で人を乗せているんです」

 依頼人の馬車は窓のないコンテナみたいな荷台が付いており、とても人を乗せて運ぶようには見えなかった。それについてシンが指摘すると、依頼人である商人は人や物の流れが急変したことを話す。

「護衛か……僕に務まるかな?」

「ヴィーヴル相手に戦えたのだから、心配いらないわ」

 シンが商人と話を進めている時、アキトは初仕事ということで少し緊張していた。そんな彼の様子とは違い、漏らした言葉を聞いたアリスは心配していなかった。

「本当はもっと色々な魔法を覚えたかったんですが……」

「下手な魔法を数多く覚えるよりは、完成度の高い1つの魔法の方が強みになるわ。そもそもシュヴァルツシルトを抜きにしても、通常ならもっと時間がかかるものよ」

 開発には時間がかかったが、その甲斐あってシュヴァルツシルトの防御力はかなり強固になった。それはヴィーヴル戦で証明されており、この盾の前ではアリスの言う下手な魔法は意味をなさない。

「もっと自信を持ちなさい。盾だけではなく、アキト自身も成長していますから」

「そうですね。ちょっと緊張していたみたいです」

 アリスに励まされて、アキトは改めて気を引き締める。エルフの里では訓練や魔法の開発以外にも、子供たちと遊んだり、年の近い若者たちからウィンタースポーツを教えてもらったりしていた。

(転生して2か月しか経っていないけど、辛い事も楽しい事もあった……だから今度は、僕が誰かを守る番だ)

 その体験も、これまでシンやクロムウェル隊の人達に守られてきたおかげである。だからこそアキトは、転生した先の異世界で守るために力を求めた。

「アキト、そろそろ出発するぞ」

「分かりました」

 荷物の積み込みが終わり、乗客も全員乗ったことで出発の準備が整う。シンがアキトを呼びに戻って来たので、アリスは2人に対して別れの挨拶を切り出す。

「これで、しばらくお別れね」

「やっぱりアリスさんは一緒に来ないんですか?」

「ええ。もし彼女が生きているのなら、魔王軍より先に見つけなければなりませんから」

 魔王ガリウスは、先代の魔王であるギルガノスの妻であるヴァージニア・グルードを探している。里長エルフィナから聞いた断片的な情報のみが頼りだが、アリスは魔王軍より先に彼女を探し出す決意をしている。

「その間に俺たちは虚無の魔導士に会う。魔王ガリウスについてと――」

「僕をこの世界に召喚した魔法について知るために」

 虚無の魔導士の異名を持つ氾濫戦争の英雄……テトラ・ニヒルスの知見を求めて、アキトとシンはラディウス法国を目指す。

「4月の終わりには、私もラディウス法国へ向かうわ」

「俺たちは先に行って待ってる」

「アリスさんもお元気で」

 アリスと別れの握手と再会の約束を交わし、2人は護衛依頼を受けた商人の馬車に乗り込む。彼女は彼らを見送ると、馬を借りて国境都市ルガリーを後にする。

――神暦9102年3月3日

 狭霧アキトは転生者を召喚する魔法について知るために、シン・アマガツと共にラディウス法国を目指す。そして彼らと別れたアリス・オルタネートもまた、先代魔王の妻を探すために自らの道を歩み始めた。


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