
開幕の激しいぶつかり合いから一転して、アキトとロッシュの代理決闘は魔力弾の撃ち合いによる膠着状態に移った。
(リニアブラスト以上の威力となると、もうディストーションしかないけど……)
強力な重力場によって空間を圧縮する魔法【ディストーション】は、精密な魔法制御が必要になる。今のアキトでは威力を保ったままアステロイドに込めることはできず、接近を試みようにもロッシュの放つ弾幕の対応に追われてそれどころではなかった。
「ダメだ、集中しないと防ぎきれない。とてもじゃないけど、近づくなんて」
ロッシュは右手を背中に回し、自身の体を目隠しにしてエイビスから鳥型魔力弾を撃ち出す。残した左手からの鳥型魔力弾を見せ弾にして防御を掻い潜ろうとするため、アキトはシュヴァルツシルトで前方を守りつつも周囲に散らばる魔力弾にも気を配らなければなら鳴った。
(同時発射も時差発射も、マトリクスから発射タイミングが丸見えなら意味がねえ。弾道設定も複雑にすれば良いってもんでもねえし……)
誘導弾を含む弾道を変化させる魔力弾は軌道変更が多くなればなるほど、タイミングを計るトリガーと推力に魔力が必要になり攻撃力に転換される魔力が減る。そのため射手は状況に合わせて魔力配分を行うか、増加する消費魔力を受け入れるかのどちらかになる。
「くそっ、弾道変化のタイミングも見切られてる。面倒くさいな、ラプラスの魔眼って!」
さらに言えばこれらの魔力弾の全ては、軌道変更に使用する推力によって弾速の上限が決まってしまう。推力に対して弾速が速すぎれば、魔力弾は曲がり切れずに意図しない方向へと飛んでいってしまうからだ。
(大丈夫、直進弾はシュヴァルツシルトで防げる。今は視野を広げて、弾道変化に備えないと)
そのため魔力との兼ね合いで直進弾以外は高速で撃ち出せず、ラプラスの魔眼に捕捉されてしまう。発射した瞬間に弾道の設定こそ分からずとも、アキトは軌道変更直前のマトリクスの変化からタイミングを見切ることが出来る。
(俺より魔力量があるとは思わないが、消費ペースで分が悪い。このまま魔力切れを狙うにしても、勝てるかどうかは賭けだな)
攻勢を緩めるとリニアブラストとグラビティ付きのアステロイドが飛んでくるため、膠着状態を維持すると魔力消費で不利だとロッシュは判断する。自身の保有魔力量の多さは把握しているが、アキトの保有魔力量が未知数である事から過信はできなかった。
「こうなったら出し惜しみは無しだ。俺の魔法とお前の盾と魔眼……どっちが上か決着を付けようぜ!」
ロッシュは両手のエイビスを欠片も残さず分割して鳥型魔力弾を形成すると、その全てに水沫を纏わせて低空飛行で飛ばす。周囲を取り囲むように地面スレスレを旋回しようとする水の鳥【アナトラ】たちに対して、アキトはシュヴァルツシルトで守っている前面以外にアステロイドをばら撒く。
「数が多い……いや、シールドでカバーできなくても、これなら!」
周囲にばら撒いたアステロイドがグラビティを発動させて、広域の重力場【グラビティフィールド】を形成する。それにより低空飛行していたアナトラの多くは墜落したが、一部は振り切ってアキトに向かって飛び込んでいく。
「うぐっ、出力か範囲が足りなかったのか!?」
アナトラはその身を鋭い水の槍へと変え、残りの魔力を全て推力にして最後の軌道変更と同時に加速する。重力に引かれて軌道が変わりながらも、そのうちの1本がアキトの右脇腹を後ろから打ち抜く。
(他は何本か掠めただけだ。まだ大丈夫)
服や皮膚の表面が一部破れるがそれは無視し、アキトはツールポケットから小瓶に入った傷薬【ポーション】を取り出して直撃を受けた傷口に中身の液体をかける。その上からスキンバリアで防護膜を作って応急処置をしている間に、ロッシュは全身から魔力を放出しながら両手を突き出して何かを口ずさむ。
「~~……~~……~~」
「戦いの最中に歌? いや違う、これは――」
溢れ出す膨大な魔力の制御にロッシュは全身全霊を捧げ、それによって正面に直径3メートルほどの巨大な魔法陣が形成されていく。彼の紡ぐ言葉はアキトの全く知らない言語だったが、巨大なマトリクスが構築されていく様子から魔法の予兆だと理解する。
「詠唱魔法!? まさか、存在したのか」
魔法はマトリクスの構築によって発動するため、詠唱や魔法陣を必要としない。その常識に則って魔法を使ってきたアキトは、初めて見る様式の魔法に思わず見入ってしまいそうになる。
それでもアキトは傷口を押さえながらアステロイドを放つが、吹き荒れる高濃度の魔力の濁流にただ飲み込まれるだけだった。
「ロッシュ、何を考えてるんだ! たった1人相手に極大魔法なんて」
「それで互いに防御が抜けなくて千日手か? お前の名誉を背負った決闘で、全力を出し切らない事が許されるのか」
「……」
個人が放つことのできる最大威力の魔法【極大魔法】……膨大な魔力によって構築されていく魔法陣から放たれる魔法を知っているグリドリンが、思わず制止の声を上げる。しかしロッシュの言葉を聞いた彼は何かを考え込むと、意を決してアキトに対して声をかける。
「狭霧アキト、負けを認めるなら今のうちです」
「正直、死にたくはない。だけど、僕だってカナさんの名誉を背負っている。この程度の傷で諦めるつもりはないよ」
「なら……我がベルトランド家のために死んでくれ」
グリドリンの問いかけに、アキトははっきりと否定の意志を伝える。そしてシュヴァルツシルトを前面に構えたまま、地面を起点にエスクードを形成する。
「残念だけど、エスクード程度では防げ――なっ!?」
「壁が取り囲んだ!?」
アキトが形成したエスクードは1枚だけでなく、何枚も形成して身を隠すように全方位を覆う。その様子にグリドリンとカナから驚きの声が上がるが、対峙する2人には聞こえなかった。
「我が身、我が意志、我が御魂……捧げたるは風翼の霊鳥へと至るために」
空気のうねりが強さを増し、魔力の流れが砂塵を巻き上げていく。
(お願い。アキト君、耐えきって)
(アキト、お前の眼にはこの魔法はどう視える?)
ロッシュの詠唱もラストスパートに入り、膨大な魔力が集中する魔法陣が軋む。その状況にシーリスは防ぎきれることを願い、シンはラプラスの魔眼が映し出す光景を想像する。
(……準備は整った。後は君の全力に答えるだけだ)
正面に黒色のシュヴァルツシルトがあり、周囲を青色のエスクードで囲っている。そのため、中にいるアキトが準備している魔法反応は外からは見えない。
「我が眼、我が爪、我が翼……天空の烈風となりて、全てを吹き飛ばせ! フレスヴェルグ!!」
ロッシュの詠唱が完了し、魔法陣に押さえつけられるように蓄えられた膨大な魔力が一瞬にして烈風に変換される。吐き出される圧倒的な暴風に逃げ場など無く、容赦なくアキトを飲み込んでいく。
……
…………
「ああ、アキトさん……そんな、嘘でしょ」
「終わりましたね」
ロッシュが放った風の極大魔法【フレスヴェルグ】が止み、直撃した場所を中心に大きく抉り取られた大地が現れる。アキトを囲っていたエスクードの壁は消滅し、その極大魔法の威力にカナだけでなく誰もが言葉を失った。
それはグリドリンでなくても決着が着いたと思わせるほどに……。
「ロッシュ、どうしたんだ?」
だがロッシュは右手にエイビスを形成し、左手で腰のポーチから取り出したMFコンデンサーで魔力を補充している。戦闘態勢を取ったまま周囲を警戒していることに疑問に思うグリドリンだったが、その理由はすぐに分かることになる。
「後ろか!?」
極大魔法で吹き飛んだはずのアキトが突如として背後に姿を現す。ロッシュは準備していた鳥型魔力弾を後方に発射しつつ、MFコンデンサーをポーチに戻しながら振り返る。
(魔力も残り少ない……ここで決める!)
アキトは鳥型魔力弾をシュヴァルツシルトで防ぐと、振り返ろうとするロッシュに合わせてセイファートを右方向へ薙ぐ。その先端には魔力刃が形成されており、振り抜かれると同時にエイビスを捉える。
「くっ、まだ魔力があるのか!?」
魔力刃が分離すると同時にディストーションが発動し、剥離しかけた魔力も吸い込んでエイビスを圧縮破壊する。ロッシュはすぐに右手を引いて巻き込まれることを防いだが、後退を余儀なくされる。
(シールドのほうが早い……だけど)
ロッシュは下がりながら左手から魔力弾を発射しようとするが、それよりも先にアキトがセイファートで突き刺しに来る。並行してシールドを形成しようと魔力を集めているが、ラプラスの魔眼には筒抜けだった。
(しまった!? 前が見え――)
「はああああ!!」
直前で軌道が変わり、突き上げられるセイファートから顔面を守るように強引にシールドを形成する。それによってロッシュの視界が遮られてしまい、迎撃の魔力弾も虚しく空を切る。
そして次の瞬間には振り下ろされたセイファートがロッシュの左肩に叩きつけられていた。
「……俺の負けだ」
「勝者、狭霧アキト!!」
後退の勢いのまま倒れてしまったロッシュは、目の前にセイファートを突き付けられたことで負けを認める。そしてピョートル伯爵の宣言により、この決闘はアキトの勝利で幕を下ろす。
「アキトって言ったか? まさか俺の魔法をさばき切るとは……ん?」
「ゲホッゲホッ……うっぷ」
「おまえ、まさか!?」
ロッシュは素直に勝ったことを称賛しようとするが、顔色の悪いアキトを見て血の気が引く。体を挟む形で立たれているため身動きが取れず、不幸にも吐き出された物をその身に受けることになってしまった。
【設定紹介】
個人が単独で行使できる最大規模の魔法の総称。
あくまで規模による分類のため、その発動方式や効果については魔法によって異なる。
しかしその性質上、大量の魔力を消費して発動する決戦級の魔法に位置づけられる。
明確な基準は無いが、「平均的な魔力量をもつ者が、その魔力の大半を出し切るほど」が暗黙的なボーダーラインとされている。
そのためアキトのシュヴァルツシルトも消費魔力は多いが、規模としては一段落ちる大魔法に分類される。
ロッシュが使用した風の極大魔法。
基本原理は単純に魔力を風に変換して烈風として撃ち出しているだけだが、大量の魔力を瞬間的に変換してその全てを撃ち出すことは容易ではない。
フレスヴェルグは通常のマトリクス式をベースに魔法陣と詠唱魔法を組み合わせることで、本人の持つ膨大な魔力を制御する1つの術式を構築している。
ロッシュ曰く、魔力満タンの状態からなら最大出力で3回まで使用できるらしい。
ロッシュ・カーティス
第2章9話:ロッシュが決闘で使用

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