バーストン公爵の屋敷で一夜を明かし、アキトが冒険者としての初仕事をする日が来た。昨日受付してくれた女性職員から依頼内容の詳細を聞き、ギルドの玄関先で同行する冒険者を待つ。
(あ、あの人かな?)
しばらくすると、アキトはこちらに近づいてくる1人の少女の姿に気付く。彼女は茶髪のセミショートに狼の耳が生えており、体の端から尻尾が揺れているのが見える。
容姿だけ見れば同年代の少女にしか見えない。しかし肩にかけている筒状の鞄は使い込まれており、上着の隙間からは金属製の胸当てが見える。そして両腰には武器を収納していると思われる大きなツールポケットを付けており、まさしく冒険者といった格好だった。
「君がアキト君だね。私はシーリス・ルプス。今日はよろしくね」
「狭霧アキトです。こちらこそよろしくお願いします」
狼の獣人であるシーリスと、アキトは挨拶を交わす。女性職員から聞いた話によると、彼女は16歳で冒険者歴は1年となる。冒険者になるのに特に条件はないが、この世界で成人とされる15歳になってから登録する人が多い。
「アルヴヘイム王国から亡命して来て、盗賊団を蹴散らした期待の新人。さらには貴重な魔眼持ち……初仕事に魔物の討伐依頼を受けるだけの実力はあるってことね」
「何で知っているんですか!?」
「昨晩ギルドに来たらその話題で盛り上がってたよ。ベテランのハンターも来てくれるから、戦力は十分といったところね」
「そのハンターって、どんな人なんですか?」
昨日の出来事がこんなにも早く知れ渡っているとは思っていなかった。アキトは気恥ずかしさから話題をそらすために、シーリスの言っていたハンターについて尋ねる。
「うーん、ベテランの男性としか、聞いていないんだよね。そろそろ来る頃だと思うけど……」
2人が辺りを見回すと、こちらに黒髪で長身の男性がやって来るのが見えた。男はタクティカルベストと呼ばれるポケットがたくさん付いているベストを身に付け、その上からジャケットを羽織っている。大型のリュックサックを背負っており、右肩には槍を、左肩にはクロスボウを掛けている。
「あれ? シンさん、どうしてここに?」
「今日はここの冒険者と森に行く予定だったんだが……」
今日は別行動の予定だったので、アキトは思わず驚いてしまう。それはシンも同じだったようで、バツが悪そうにここに来た理由を話す。
どうやらアキトは冒険者として、シンはハンターとして、同じ討伐依頼を引き受けていたらしい。
「アキト君の知り合いってことは……もしかして、一緒に盗賊団を倒した人ですか?」
「え……ああ、そうだ。ハンターのシン・アマガツだ。よろしく頼む」
盗賊団を倒したのが2人組というのは知っていたので、シーリスは確認の意味を込めて問いかける。シンは突然のことで一瞬驚くが、自己紹介をして今回のメンバーが揃ったことを確認する。
「さて、全員揃ったな。馬車の手配はしてあるから、出発するぞ」
「「はい」」
準備はすでに整っているため、3人は馬車に乗ってストライクボアが出現するという森に向けて出発する。
――――――――――
しばらくして、3人は目的の森にたどり着いた。ここは昨日、アキトとシンが盗賊団を返り討ちにした森であり、今回は獣道を通って奥へと進んでいく。
「さて、今回の依頼はこの森に出現したストライクボアの討伐だが……魔物の討伐経験はあるか?」
高濃度の魔力に当てられて変質した生物【魔物】には、肉体の異常発達や魔力の増幅等が見られる。さらには変質したことで精神に異常をきたし、多くの場合において狂暴化する。
また全ての生物が魔物化する可能性があり、魔物化した獣を魔獣、魔物化した鳥なら魔鳥……そして、魔物化した人間は魔人と呼ばれる。
「単独ではありませんが、パーティーでの討伐経験は何回かあります」
「僕はまだ無いです」
シーリスの冒険者歴は1年と短いながら、魔物の討伐依頼も積極的に受けてきた。対してアキトはこれまで魔物と戦ったことは無く、今回が初めてということもあり少し緊張していた。
「ストライクボアは猪の魔物だ。猪は警戒心が強く、聴覚と嗅覚が非常に優れている。特に鼻先の力が強く、地面を掘り起こすだけではなく、人間と同じくらいの重さがある岩を動かすことができる」
魔物になっても元の動物としての特徴や習性は残っていることが多い。シンから猪の生態についてレクチャーを受けながら、アキトたちはさらに森の奥へと進んでいく。
「へー、猪ってほとんど草食だったんですね」
元の世界では都市部に住んでいたアキトにとって、猪は害獣としてニュースに出てくるだけの存在だった。そのためイメージで思い込んでいた部分もあり、その意外な生態に関心を抱く。
他にも、オスは牙が発達しており、太ももに刺さって大腿動脈を破られる危険があったり……助走なしで1m程の柵を飛び越えられたり……
その身体能力の高さに、アキトは一般人にとって猪に襲われることがいかに危険であるかを異世界に来て初めて知る。
「あれ? 猪の時点でこれって、魔物化したら……」
「だからこそ、冒険者やハンターに討伐依頼が出されるの。今回は被害も出てるから、早く倒して皆を安心させないとね!」
アキトは魔物化による身体能力の向上に一瞬だけ不安がよぎるが、シーリスの決意に押されて払拭される。そしてシンの助言に従いながら、足跡や土が掘り返された跡から当たりを付けながらストライクボアを捜索していく。
……
…………
「いたな。あれがストライクボアだ」
「あの体格と牙……油断は禁物だよ」
昼が過ぎたあたりで、シンが遠くにいるストライクボアを見つける。体格は猪より1周り大きく、鋭い牙が鼻よりも高い位置まで伸びている。
「確かに、雰囲気が違いますね。うっすらとですが、魔力の破片が見えます」
アキトが目を凝らしてストライクボアを見ると、体の表面に赤い魔力の破片を帯びているのが視える。代謝によって放出される魔力はごく微量でしかなく、破片化もしないため本来ならラプラスの魔眼には映らない。
(これが魔物……)
隣にいるシンとシーリスを見ても、アキトの魔眼に魔力は映らない。普通なら見えないものが見えるせいか、本能が恐怖心という形で警告してくる。
すると突然、別の方向から大きな衝突音と共に動物の叫び声が聞こえてきた。
「これは、血の匂い!」
さらに血の匂いを感じ、シーリスが思わず音がした方向に顔を向ける。それにつられてアキトも覗き込んでみると、牙と頭部が返り血で真っ赤に染まったストライクボアが今しがた殺したであろう鹿を食べていた。
「そんな、2頭いるなんて!?」
「シンさん。どうしますか?」
「時間が経ちすぎて数が増えたな。肉の味を覚えたこっちが最初の個体だろうが……挟み撃ちにされると面倒だ。ここは俺がやる。2人は先に見つけた方を追え」
魔物が2頭いたことに驚くシーリスとアキトに対し、シンはクロスボウを持って動き出す。先に見つけたストライクボアも騒ぎに気付いたのか移動を始めており、ここは二手に分かれて対応することになった。
「シンさん……向こうは僕らで倒します」
「できるなら任せる。だが、無茶はするなよ」
「はい!」
魔物が2頭いると分かった以上、1頭を倒すのに時間をかけるわけにはいかない。そう考えたアキトは別れ際に自身の決意を宣言すると、先行してストライクボアを追っているシーリスのもとへと向かう。
「追跡じゃなくて倒すのね」
「はい。僕が重力魔法で足止めするので、その隙をついてください」
「分かった。任せてちょうだい」
お互いの戦闘スタイルについては既に話し合って知っている。後は自分たちの実力と連携が通用するかどうかにかかっている。
アキトはストライクボアを追いながら、これからの戦いに神経を研ぎ澄ましていく。
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