00-07 迷い人の正体

brown dirt road between green grass and trees during daytime

 森の調査で見つけた消える猪の正体は、全裸のおじさんだった。

「ゴメンナサイ」

 自分が全裸で人前に出てしまったことを認識し、猪だった男性は土下座して謝る。彼には一先ず、シンが着ていたジャケットを渡して急場をしのぐことにした。

(土下座だ……)

(土下座だな……)

 やたらと土下座慣れしている元猪の男性を見ながら、アキトとシンは事の次第を見守ることにした。

「こっちもゴメンね。ちゃんと意図が通じたのが嬉しくて、そこまで気が回らなかった」

「驚きはしましたが、事故みたいなものですし。そこまで謝らなくても……」

 シーリス自身は直前に気付いて直視を避けたらしく、冷静に事の原因を伝える。最大の被害者となってしまったカナも、今回の件は事故ということで水に流してくれた。

「あ、ありがとうございます」

 男性は上着でちゃんと隠れている事を確認しながら慎重に立ち上がって礼を言う。

「お前、名前は?」

「ひっ、ゴメンナサイ! き、如月ユースケと言います」

(シンさん、目つきが鋭いからな……)

 武装しているうえに目つきの鋭いシンが話しかけたからか、男は怯えながら自分の名前を伝える。さすがに可哀想なので、代わりにアキトが彼の陥った状況について聞くことにした。

「えっと、あなたは何で猪になっていたんですか?」

「……そのー、自分でも信じられないのですが」

 ユースケはポツリポツリと、自分の身に起こったことを語り出した。自宅にいたはずが、気づいたらこの森の中にいたそうだ。そして運悪くストライクボアが近くにいる事が分かり、必死に走って逃げていたらいつの間にか猪に変身していた。その後は人間の姿に戻ることもできず、今の今まで森の中を徘徊していたというわけだ。

「うわぁ、よく無事でしたね」

「猪になってからは、木の実を食べて川で水を飲んで、泥沼で体洗ってたら1日が終わって……それを繰り返してたからか、最近は自分が人間だってこと半分ぐらい忘れてたよ」

 想像を絶する状況にカナは驚くが、意外な事にユースケは猪だったからこそ生き延びることができたと返す。おそらく野生の本能が生存を優先した結果であろう。

「姿を消す猪には驚きましたよ」

「なんだかよく分からないけど、この森に転生したときから使えるみたいなんだ。何故かアキト君には見つかったけど」

「て、転生!?」

(僕以外にも転生者がいたのか!?)

  カナはユースケの転生発言に驚きを隠せなかったらしく、思わず声を上げる。それは自身も転生者であるアキトに同様であり、彼がどんな世界からやってきたのか質問する。

「ユースケさん、転生した時の状況を教えてくれませんか?」

「それならどんな世界から来たのかも知りたいです」

 興味があるのか、カナも続けてユースケがいた世界について質問する。アキトはペンと手帳を取り出すと、彼の話を聞きながら情報をまとめていく。

……

…………

「ニホン? そんな場所、聞いたことないわね」

(もしかして、ユースケさんは僕と同じ……)

 ユースケが語る異世界の話に、シーリスたちは困惑を隠せなかった。だが、魔法が存在せず、機械技術で発展してきた世界……その全てがアキトのいた世界と同じだった。

「もしかしてユースケさんの転生は、勇者召喚の魔法によるものでしょうか?」

「え、そんな魔法が存在するの? それじゃあ僕は、勇者としてこの世界に召喚されたってこと!?」

「それは術者の願いによるので分かりませんが……」

 カナは先日のバーストン公爵とアキトたちの話をユースケにも伝える。だが、肝心の術者が見当たらない以上、魔法の真偽も込められた願いも知る術はなかった。

(僕もユースケさんも術者を見ていない。噂の魔法とは別物の可能性もあるけど……願いを叶える能力は、転生の時に貰った能力のことなのか?)

 ユースケが他の人たちに色々と質問している中、アキトは転生の因果関係について考えこむ。自分以外の転生者がいるという事実から、世界各地に転生者がいる可能性は十分に考えられるが……。

「アキト君、アキト君!」

「あ、シーリス……なに?」

「調査の続きをするから移動するよ」

 思考に没頭していたアキトは、シーリス言われて自分たちがこの森を訪れた本来の目的を思い出す。ユースケの件も合わせて、まずは彼が転生した場所に向かうことになった。

……

…………

 ユースケの記憶を頼りに、転生したと思われる場所の近くに到着した。偶然にもそこは、被害者がストライクボアに襲われた場所の近くでもあった。

「エーデルクラウト、上から何か見えるか?」

「奥の方に布切れが落ちている。こっちだ」

 空を飛んでいるエーデルクラウトは、一面が藪に覆われている中から布切れが落ちているのを発見する。そこにあったのはボロボロになった上着であり、乾いた血が大量に付着していた。

「もしかしてこれって……」

「行方不明になった男性の物だろうな」

 アキトは考えないようにしていたが、シンの推測通りストライクボアに襲われて行方不明になった男性のものである可能性が高い。上着の中には冒険者カードが入っており、証拠品として持ち帰ることになった。

「もっと早く討伐依頼を受けてたら、助けられたのかな?」

 事件発生から討伐まで1か月以上が経過している。もし、事件発生直後に討伐と捜索活動ができていればと、シーリスは考えてしまう。

「ん? 何かある」

 藪の中の捜索を続けていると、アキトは視界の端に魔力が漂っている場所を見つける。気になってその場所によってみると、そこには緩やかな斜面を掘ってできた穴があった。

「なんだ、これ?」

 中には何もなく、見た目は普通の穴のはずだ。それなのに目の前には赤い魔力が漂っており、アキトはその雰囲気に呑まれそうになる。

「異界化しているな」

「い、異界!? それって大丈夫なんですか?」

 その魔力はアキト以外にも見えるほど高濃度であり、この穴が異界化していることは一目瞭然だった。だが、ユースケは何が起きているのか分からず、たまらずエーデルクラウトに尋ねる。

「この規模なら問題ない。穴を埋めれば自然と消滅するだろう」

「そうなんですか? でも、異界って何ですか?」

「実は、私もよく分かってないんです。教えてくれませんか?」

「分かった。では1から説明しよう」

 ユースケとカナにお願いされ、エーデルクラウトは現在いる世界とは違う世界【異界】について説明を始める。既に知っているアキトたちは、その間に周囲の探索を継続する。

「まずこの世界は、魔界、天界、霊界、妖界という4つの異界と、それらが重なり合ってできた重界によって構成される。今我々がいるのが重界で、私が住んでいる世界が魔界だ」

「それじゃあ、ここと同じような世界が全部で5つあるってこと?」

「いや、異界同士の性質は似ているが、重界とではかなり違う。その大きな違いが、空気中に存在する魔力の組成だ。重界は魔、天、霊、妖の各属性の魔力がほぼ均一に存在するが、異界には対応する単独の属性しか存在しないうえに、濃度が桁違いに高い」

「じゃあ、異界化というのは?」

「重界との境界が何らかの要因で崩れた時、その場所に異界の一部が出現する。おそらくこの穴をねぐらにしていた猪が、異界から流れ込んできた高濃度の魔力に当てられて魔物化したのだろう」

 この異界が重界に出現する現象【異界化】の発生規模は、状況によって大きく異なる。今回のように魔力が流れ込んでくるだけの場合もあれば、周囲を飲み込んで重界と異界が混ざり合ったような空間が出現する場合もある。

「でもここ、たぶんボクが最初にいた場所なんです」

 ユースケが不安に駆られた声で呟く。この穴の中に転生したのはいいが、外に出ようとしたら運が悪いことに藪の隙間からストライクボアを見つけてしまい、立ち去るまで息を潜めることになった。

 この時既に透明化の魔法が発動していたのか、ストライクボアに見つかることは無かった。そして離れていった隙をついて、藪に身を潜めながら這い出て脱出したそうだ。

「その時も魔力が漂ってたんですか?」

「ご、ごめん。覚えてない。でも……」

 戻って来たアキトが当時の様子を尋ねるが、必死だったうえに1か月も前のことでユースケは覚えていなかった。だが、異界の魔力に当てられたかもしれないという可能性が彼の不安感を増幅させる。

「今まで何もなかったんですから大丈夫ですよ、ユースケさん」

「僕の目から見ても、魔人化してるようには見えませんよ」

「2人とも、ありがとう」

 カナに励まされ、ラプラスの魔眼によるアキトの判定を聞いてユースケは安心する。シーリスとシンも合流し、異界化した穴の対応を決める。

「とにかく、ここは埋めちゃいましょう」

「そうだな、他にもなければこれで魔物は増えないはずだ」

 穴を埋めて異界化した空間を消滅させ、周囲の探索を再開する。しかし、これ以上の手掛かりはつかめず、日が暮れる前にユースケを連れて街に戻った。

――――――――――

――神暦9102年3月?日

 薄暗い森の中、仮面を被り黒いマントで身を包んだ2人の人物が、目の前にいる1頭の獣を眺めている。その獣は人間よりも大きく、獅子の身体、ワイバーンの翼と頭部、そして尻尾が蛇になっている合成獣【キマイラ】であった。

「それでは、予定通り始めましょう」

「運がないよね。“野生のキマイラ”に襲われるなんてさ」

 2人の合図により、咆哮を上げながらキマイラが勢いよく飛翔する。彼らはそれを見届けると、作戦を遂行すべく森の中へと消えていった。


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