01-28 元王女アリスと先代魔王の妻

a snow covered mountain with a forest in the background

 クロムウェル隊の追悼を行った翌日……アキトたちは今後の方針を決めるために、エルフの里の集会場に集まっていた。

「さて、全員揃ったようじゃな」

 里長であるエルフィナが、集会場に集まった者たちを見て話しを切り出す。彼女は精霊の戦姫の異名を持つ英雄エルフィーテの妹……つまりはソフィア王女の祖母の妹である。

「頼んでいたものはできておる。まずはそれを君たちに渡そう」

 里長に呼ばれてエルフの青年とドワーフの中年が頼みの品を持ってくる。エルフの里はその名の通りエルフの集落であるが、他の種族の者がいないわけではない。主要のエルフの他にもドワーフやノームといった精霊系種族が、精霊の姿のまま暮らしている。

「薬を頼んだのは君だったね」

「これは、エリクシールじゃないか」

「この里だと滅多に使わないからね。備蓄の1つくらいなら安いものだよ」

 エルフの薬剤師から、シンはいくつかのポーション類と共に最高級の回復薬【エリクシール】を受け取る。その効果は絶大で、あらゆる傷を治すといわれている。

「坊主にはこいつだな」

「これが、僕の武器……」

 アキトがドワーフの武器職人から受け取ったのは、シンプルな形状の黒い樫でできた杖である。長さは彼の目線より少し低い1.5メートル程で、両端には金属製の石突が取り付けられている。

「こいつは切り出した霊樫にMR流体を染み込ませた特別製よぉ! ホレ、試しに魔力を流してみろ」

 MR流体【魔力粘性流体】とは、魔力を印加することによって粘度が変化する流体の事である。応答性が高いうえに変化量が大きく、魔力の印加を止めれば元に戻ることから様々なところで利用されている。

 それを魔力との親和性の高い霊樫と呼ばれる木に染み込ませることで、杖全体の強度を素早く変化させることができる。

「凄い、固くなった」

 駐屯地で貰ったヒノキの棒と比べれば、樫の一種で作られたこの棒の方が少し重い。それでも金属製の棒と比べればはるかに軽い。それでいて魔力を通すことで同等の強度を得られるという、ドワーフの職人技が遺憾なく発揮された武器である。

「で、坊主……名前は決めたのか?」

「はい。セイファートにしようと思います」

「良いじゃねえか! これで、こいつは世界に1本しかない……坊主のための武器になった」

 アキトは命名した杖【セイファート】を握りしめ、改めて自分専用の特注品であることを実感する。ドワーフの武器職人も自分の仕事ぶりに満足しているようだった。

「受け取ったな。では、今後についてじゃが……その前に改めて、彼女の紹介をするとしよう」

 エリクシールとセイファートの受け渡しが終わったので、里長が場を仕切り直して次の話題に移る。言われて出てきたのは、エルフの里の猟師服を着て弓矢を背負っているソフィア王女だった。

「初めまして、アリス・オルタネートです。18歳になったら旅立とうと思っていたので、私もこの機会に2人に同行させてもらいます」

 ソフィア王女は改めてアリスという人物として自己紹介を行う。伸ばした髪はそのまま残しているが、声帯の構造を変化させたのか元の声ともマルームの声とも違う低めの声になっている。エルフの特徴である尖った耳も丸め、雰囲気が大きく変わっている。

「この里にたどり着いたのは、シン・アマガツと狭霧アキトだけということになっておる。そして2人から得た情報として、ソフィア王女及びクロムウェル隊が全滅した経緯をワシの名前で書簡を記した。これについては里から使いを出して、ウィリアム王子に届けよう」

 アルヴヘイム王国第1王子ウィリアム・L・アルヴヘイム……ソフィア王女の実兄であり、アキトたちが駐屯地に滞在していた時点では王国西部の城塞都市ミンガムを拠点にしていると聞いている。

「保護した2人は里から案内人を出して、連邦へ逃れたことにしておる。で、その案内人じゃが――」

「はいはーい。私でーす! 連邦行きなら私のグリフォンで2日もかかりませんよ!」

 里長の話を聞いて現れたのは小柄なエルフの女性だった。話によるとグリフォンを召喚することができ、4人くらいなら楽々運べるそうだ。

「大丈夫なのか?」

「ワシの孫じゃ。それにこの里一の召喚士でもある。後……お前さんより年上じゃぞ」

 身振り手振りで自分のグリフォンの凄さをハイテンションで語る女性が、まさか自分よりも年上とはシンは思わなかった。それはアキトも同じであり、思わず隣にいたドワーフの武器職人に尋ねる。

「本当ですか?」

「マジだぜ。ちなみに旦那がこいつだ」

「最近は5歳の息子と張り合って、全力で遊びまわっていますよ」

 見た目も言動もアリスよりも幼い里長の孫娘を、ドワーフの武器職人と夫であるエルフの薬剤師は生暖かい視線を送っていた。どうやらいつもの光景らしい。

「それで、いつ出発するの?」

「私のリハビリが終わってからです。いつになるかは分かりませんが」

「こっちはいつでも良いから、無理に急がなくても大丈夫だよ」

 怪我こそ完治しているものの、鈍った体はまだ元には戻っていない。アリス本人の見立てでは、しばらく時間がかかりそうだった。

「連邦に着いたら俺とアキトはラディウス法国に向かうが、お前はどうするつもりだ?」

「そうね。本音を言えばすぐにでも国に戻って、魔王軍を追い出したいところだけど……貴方たちがテトラ様に会っている間に、私はある人物を探すわ」

 シンはアキトを連れて虚無の魔導士と呼ばれる英雄……テトラ・ニヒルスのいるラディウス法国へ向かうことを告げる。

「誰ですか?」

「理由までは分からないけど、魔王ガリウスは英雄の他に先代魔王の妻を探しているわ」

「名前も知らない人物を探す気か?」

 アキトの疑問にアリスは答えるが、シンも含めてその裏切り者について分かることはなかった。ただ1人……精霊の戦姫エルフィーテの妹である里長エルフィナを除いては。

「いや、ワシが知っておる。今日集まってもらったのは、この話をするためでもある」

 里長の発言に集会に集まっていた者たちから動揺の声が漏れる。そんな緊迫した空気の中、アキトはおずおずとある疑問を口にする。

「あの、すいません。そもそも魔王ってどんな存在なんですか?」

「それならまず、50年前の戦争について話をしよう」

 この世界の生まれではないアキトは、かつて戦争があったことは聞いている。それでも詳細までは知らないので、里長の語りにありがたく耳を傾ける。

――

 氾濫戦争……かつて異界の軍勢と人類は戦争をしていた。全世界を恐怖に陥れたその軍勢【氾濫軍】を統率していたのが、魔王ギルガノスという男だった。

 もともと世界各地でバラバラに戦っていた勢力を氾濫軍としてまとめ上げ、そのカリスマによる戦意高揚と組織的な戦略・戦術行動は戦況をより苛烈なものへと変えた。

 人類は劣勢に陥りながらも踏み止まり、数年かけて反攻……ついには氾濫軍の本拠地を包囲するまでに至り、剣聖ムラクモたちが魔王ギルガノスを倒したことで氾濫戦争は終結した。

 生き残った氾濫軍は最後の拠点を構えていた未開の地【魔の国】に移り住み、魔王ギルガノスを倒した6人は英雄と呼ばれるようになった。こうして世界は復興の道を歩みだし、この50年で氾濫戦争は過去のものとなった。

……

…………

「今の魔王軍はこの50年、力を蓄えておったのだろう。ガリウスが魔王を名乗るのも、彼らにとっては戦争が終わってない証左なのかもしれぬ」

「戦争なんて、辛いだけなのに……」

 里長の語った内容は氾濫戦争全体の末期の部分にあたる。それだけでも悲惨だったことが伝わってくるが、当事者はもっと辛かっただろうことは想像に難くない。

 だからこそ戦争とは無縁で忌むべきものだと思っているアキトからすれば、魔王軍の選択が理解できなかった。

「それで、エルフィーテ様も隠していた魔王の妻と言うのは?」

 アキトが氾濫戦争について理解したところで、アリスが本題を切り出す。この場でその存在を知っている唯一の里長は、昔を懐かしむように話を続ける。

「終戦直後、姉さんが1人の女性を連れてこの里に帰って来た。彼女は魔王ギルガノスの妻であり、その時には彼の子を身籠っていた」

「なんですって!?」

「魔王に子供がいたというのは聞いたことある……噂話だと思っていたが、本当だったとは」

 歴史として氾濫戦争を知るアリスとシンが驚きの声をあげる。

「名前はヴァージニア・グルード……恐らく魔王軍は、彼女と先代魔王の血族を迎え入れたいのであろう」

「それで、その後は?」

「無事に子供が生まれてこの里を去った。数十年前に連邦に渡ったらしいと、姉さんから聞いたのが最後じゃ」

 アリスの期待も虚しく、現在のヴァージニアは消息不明だった。50年という歳月は、彼女が寿命を迎えていてもおかしくはない長さだ。

「私は彼女を探します。水面下で夫の復讐を考えているのか、それとも家族との平穏を願っているのか……どちらにせよ、魔王軍より先に知る必要があります」

「険しい道になるぞ」

「分かっています。もとより覚悟の上です」

 里長の忠告を受け止めるも、アリスはヴァージニアの捜索を決意する。アキトとシンもすでに自身の目標を見据えている。生き延びた3人はエルフの里の援助を受けることで、再起を果たすこととなった。


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