――神暦9102年2月10日
城塞都市ミンガムが陥落したことで、アルヴヘイム王国の戦況は一旦の落ち着きを見せていた。そんな中、魔王ガリウスは魔王軍の今後の方針を決めるべく、各都市にいる幹部を王都アルヴリアに集めた。
ログラスの町で一仕事終えたミランダもまた、魔王軍の四天王であるイリーナに連れられて王都アルヴリアを訪れていた。
(マリクの馬鹿野郎……何でここにお前がいないんだよ)
到着したアルヴリア城の会議室には、四天王とその補佐官が既に集まっていた。本来ならマリクが参加しているはずだったと思うと、ミランダは彼を殺した相手に怒りが沸き上がって来る。
「マリクの奴、粋がってたくせに大したことねえなぁ」
そんなミランダの心中を知る由もなく、筋肉質で赤髪の男がマリクの死を笑う。魔王軍の四天王は各属性の代表として選出されており、グライヴもまた最速最強を自負する戦闘力を買われて妖属性の四天王として君臨している。
「んだと、色黒!」
「ミランダ、よしなさい」
(ちっ、イリーナめ。のうのうとその座に居座りやがって)
グライヴの物言いに掴みかかろうとするミランダを、イリーナが制止する。彼女は長い青髪をした若い女性であり、色白の肌と相まって儚げな印象を受ける。
「とにかく、2人は座りな。グライヴ、アンタも余計な事、言うんじゃないよ」
「ゴホッゴホッ……すいません」
(体弱いなら四天王辞めちまえよ)
イリーナは魔属性の四天王であるのだが、病弱ということもあって戦闘能力については自他共に認める四天王最弱である。そのためマリクやミランダを始めとした一部の部下からは、その地位にいることに不満を持たれている。
「ロザリアもロザリアだぜ。任務失敗してどの面下げて帰ってきてんだか」
「グライヴ、アンタ喧嘩売ってんのかい」
「いいぞ姉御、やっちまえ!」
ロザリアの横やりが入ったことで、グライヴはその苛立ちを本人にぶつける。彼女は霊属性の四天王であるだけでなく、四天王としても最古参である。そのため魔王軍の中での知名度が高く、ミランダのように所属を越えて姉御と呼んで慕う者も多い。
「顔面ぶち抜かれるような奴が、この俺に勝てると本気で思ってるのか?」
「目の前に王女がいたのに、それを追わずにたった1人に足止めされる奴が最速だって? 笑わせるんじゃないよ」
「ロザリアさん。お願いですから、これ以上は……」
グライヴとロザリアは喧嘩腰でしばらく睨み合うも、イリーナの言葉で矛を収める。言い足りない言葉はお互いに会ったが、用意された紅茶と一緒に飲み込んで平静を保つ。
「ねえねえ、まだ始まらないの? つまんないから、ボクは帰りたいんだけど」
「レイチェル、ガリウス様ならもうじき来る。退屈なら私の膝の上でも座るか?」
「えー、鎧が硬いからヤダ」
そんな中金髪碧眼の少女が、金色の翼と両足をバタつかせながら会議が始まらないことに駄々をこねる。弱冠12歳にして天属性の四天王であるレイチェルだが、精神面はまだまだ子供だった。
「それよりロザリアよ。お主、顔を変えてしまったのか?」
「ああ、数年ぶりに強い奴に会えた。眼も戻ったし、だいぶ馴染んできた」
レイチェルとのやり取りを眺めていた老婆が、ロザリアに声をかける。駐屯地の戦闘で頭部を失った彼女は、そこで倒したクロムウェル隊副隊長のエスカの頭部を奪った。
デュラハンであるロザリアは何気なく喋っていたが、それを聞いた老婆が激しい剣幕で声をあげる。
「ああ、なんてことだ。レイチェル、イリーナ、ロザリア、ワシの……美少女、美女、美熟女、美老婆という、全年齢層をカバーする鉄壁の布陣が崩れてしまった!」
「なんだ、この婆さん」
「なに!? お主、先代魔王様と一緒に戦ったこのユイリンを知らぬと申すのか!?」
「いや、知らねえよ。元気な婆さんだな」
ユイリンの突拍子のない発言に、ミランダは思わずツッコミを入れる。そんな彼女でもグライヴの補佐官であり、氾濫戦争を経験した数少ない人物でもある。
「ネクレス、お主からも言ってくれ! 母親の無理な若作りなど、見とうないだろ!?」
「私は気にしませんよ。逆に顔が潰れたままの方が心配になります」
「そうかい……」
ネクレスに同意を求めるユイリンだったが、あっさり否定されて落ち込んでしまう。彼は金髪紫眼で整った容姿の青年であり、ロザリアの補佐官にして1人息子でもある。
「ファイマン、もっと紅茶ちょうだい。あと砂糖とミルクも」
「はい、レイチェル様。ただいま淹れてきます」
「俺、コーヒー」
「ワシは緑茶が飲みたいのう」
用意された紅茶を飲み終えたレイチェルがおかわりを要求し、それにグライヴとユイリンが便乗する。眼鏡をした壮年男性であるファイマンはその気弱な性格から断ることが出来ず、彼女の補佐官でありながら色々な人に振り回されている。
「ファイマン、何をしている?」
「お、お茶を淹れに行こうと……」
(ガリウス様だ。近くで見るとやっぱすげえな)
ファイマンがお茶を用意しに席を立って会議室を出ようとした時、魔王ガリウスが残りの幹部を引き連れて入って来た。グライヴを超える筋肉質な肉体と、その堂々とした佇まいが見る者を圧倒する。
その姿に怯えるファイマンをよそに、ミランダは初めて間近で見る魔王ガリウスに感激していた。
「それは貴方の仕事ではありません。追加のお茶も用意してありますから、席についてください」
「はい、ニーベル様」
ニーベルは褐色の肌をした細身の男性で、魔王軍の参謀として手腕を振るっている。彼に促されてファイマンは席に戻り、魔王ガリウスたちも空いている席へと向かう。
「ロザリア、その顔……そうか、あの騎士はそれほどの手練れというわけか」
「できればこっちに引き込みたかったんだけどね。断られちまったよ」
「構わん。脅威となりうる敵は、早急に排除すべきだ」
魔王ガリウスはロザリアの顔を見て、アルヴリア城の地下で対峙したエスカを思い出す。その実力を知っているからこそ、彼女の判断は正しかったと告げる。
「俺ほどじゃなかったが、シグレって奴も強かったぜ。腕が切り落とされたのは初めてだ」
「グライヴ、貴方は無茶が過ぎる。いきなり王都に飛んできたかと思えば、私に腕を繋げさせてすぐミンガムの攻撃に参加するとは……」
「左腕を回収した部下と、アデリナの能力に感謝することですね。普通に治療したら、完治に最低1か月はかかりますから」
魔王ガリウスと共に来たアデリナと呼ばれた白衣を着た黒髪の女性は、給仕が注いでくれた紅茶を口にしながらグライヴに苦言を呈する。それにはニーベルも賛同し、すぐに戦線復帰できたのは彼女らの支援によるものだと強調する。
「オルクス殿、サイレンサーの容態はどうですか?」
「心配はいりません。アデリナ殿のおかげで、次の任務には復帰できます」
彼らの話を聞いていたネクレスが、霊の国で左腕と左胸を失ったサイレンサーについてオルクスに尋ねる。彼は黒いマントに身を包んだ老人であり、ユイリンと同じく氾濫戦争を生き抜いた人物でもある。
「さて、これで全員揃いましたね。ガリウス様、お願いします」
「そうだな、始めるとしよう」
(いよいよか……このメンツでアタシが呼ばれたのは何でだろうな)
ニーベルに促される形で発した魔王ガリウスの一声で、思い思いに喋っていた幹部たちの表情が引き締まる。ミランダは改めて集まったメンバーを見渡し、自分が呼ばれた理由を想像する。
「まずは諸君、この度のアルヴヘイム王国への侵攻ご苦労であった。諸君らに尽力により我々は王都を制圧し、西部地区を除く都市を占領下に置くことができた」
「では、各自報告をお願いします」
魔王ガリウスが開始の挨拶として、アルヴヘイム王国への侵攻に成功したことを労う。その後はニーベル司会の元で各自の報告が行われ、ミランダも緊張した面持ちでその内容に耳を傾ける。
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