01-33 霊竜ヴィーヴル退治

green pine trees on snow covered mountain during daytime

 岩場に隠れながら移動し、ヴィーヴルの手前数十メートルほどの位置まで接近する。アキトは右手から正八面体の各頂点を尖点にした魔力弾【アステロイド】を多数作り出し、射程内に接近してくるのを待つ。

(グラビティの使用を前提に、刺さりやすくした魔力弾だ)

 アステロイドの各辺には斬撃性を持たせてあるので、威力自体も少し強化されている。内部にはグラビティを込めており、着弾した際に発動して対象の動きを止める。

(作戦通り、アキトが正面を抑えて私が撃つ)

 後方にいるアリスも弓に矢をつがえて、いつでも撃てる態勢で待機する。戦闘用の弓は身体強化で引くことを前提に弦が張られている。そして彼女の弓は錬金術師であるハイン特製の強靭な弦を使っており、より威力の出せる作りになっている。

(……来た。行きます!)

 射程内に踏み込んだヴィーヴルに向けて、アキトは展開していたアステロイドを全て放つ。攻撃を察知したヴィーヴルは臨戦態勢となり、体内から溢れ出た魔力が凝集して膜【魔力障壁】を形成する。

「これが魔力障壁……でも、動きは鈍った」

 ヴィーヴルの硬い鱗と魔力障壁によってアステロイドが弾かれるが、グラビティが発動して重力場に拘束する。アキトは習得した身体強化により、セイファートを片手で持って走り出す。

「飛んで逃げようとしている? アリスさん!」

 ヴィーヴルは重力場に抗いながら翼を広げて飛び立とうとする。アキトはそれを防ぐために追加のアステロイドを足元に向けて放ち、重力場の範囲と出力を増加させる。

「これだけ的が大きければ、外しようがないわ」

 重力場に囚われて飛び立てなかったヴィーヴルの翼に、アリスの放った砂塵を纏った矢が魔力障壁を突き破る。そして矢に込められていた魔法【アンカーボルト】が発動し、砂塵が凝集して岩石の錘を形成する。

「頭が動く……アキト、ブレスが来ます!」

(攻撃は届かない。ここは、シュヴァルツシルトで受け止める)

 グラビティの重力場と合わさり、その重さに耐えられなくなった片方の翼が地面に垂れ下がる。ヴィーヴルは体勢を崩しながらも鼻から息を大きく吸い込み、喉を脈動させて口の中へブレスと圧力を溜め込んでいく。

(シンさんの言っていた通りだ。逆鱗周りの隙間が広くなっている)

 表面の逆鱗が連動して大きく動き、鱗同士の隙間が収縮を繰り返しているのが見て取れる。その動きが一瞬止まったかと思うと、ヴィーヴルは正面に迫るアキトに向けて風のブレス【エアロブレス】を放つ。

「よし、攻撃は十分に防げ……うわ、体が浮く!?」

 エアロブレスによる暴風をアキトはシュヴァルツシルトで受け止める。盾自体は壊れることは無かったが、押し込まれる風圧によってそれを支える彼の身体が持ち上げられて吹き飛ばされてしまう。

(翼に風を纏わせている。この魔法の狙いは、僕じゃない――)

「アリスさん、狙われています!」

「問題ありません。私も視えています」

 ラプラスの魔眼を通して、ヴィーヴルが動くほうの翼に風を纏わせているのが視える。アキトはその魔法による狙いを看破すると、体が地面着くより先に用意していたアステロイドを斉射する。

 風の魔法を発動しようと振り下ろそうとされる翼が、アステロイドに込めたグラビティによって押し上げられる。その状況を魔力が視える精霊の眼で捕捉していたアリスは、動じることなく砂塵を纏わせた矢を放つ。

「グオオオオ――ッ!!」

 翼の反発によって魔法の発動が遅れ、そこにアリスの放ったアンカーボルトが打ち込まれる。ヴィーヴルも纏っていた風を重さで落ちる翼から放つが、自身のすぐ近くに落ちて雪や石が舞い上がる。

(こっちを見失っている今なら、近づける)

 額の結晶石から緑色の魔力が溢れ、ヴィーヴルの前脚に流れ込んで行く。錘と重力場によって後脚は膝をつき、翼と一緒に下半身は地面から離れない。だからこそ、影響は受けつつも動かすことが出来る前脚で、乱れた視界をかいくぐって来たアキトを迎撃する。

(魔力を纏った竜の爪……その体躯を乗せた一撃は、易々と鎧を穿つという。そこにヴィーヴルは、更に溜め込んだ魔力まで上乗せしている)

「けど、今のアキトなら――」

「シュヴァルツシルトなら、受け止められる!」

 鎧を穿つと恐れられ、溜め込んだ魔力を更に纏わせた竜の爪【ドラゴンクロー】が、シュヴァルツシルトと激突する。アキトは両手でセイファートを構え、真正面から受け止める。

 アリスの期待通り、今度は体勢を崩すことなく完全に受け切る。ヴィーヴルは懐に潜り込んだアキトを吹き飛ばすために、首を持ち上げながら息を大きく吸い込む。

(ブレスが来る……この位置からなら、狙えるはずだ)

 ヴィーヴルがエアロブレスを使おうと喉の筋肉を動かし、表面にある逆鱗が連動して脈動する。アキトはこのタイミングを狙って、事前に魔力刃を形成していたセイファートを突き刺す。

(細身の刀身……そうか、これは)

「見ていてください。僕たちの戦いを!」

 逆鱗の隙間に魔力刃を突き立てる瞬間、その近くにある鱗の隙間に折れた剣の刀身がアキトの目に映る。セイファートを握る腕にさらに力を込め、食い込んだ魔力刃から重力魔法【ディストーション】が発動する。

「ガアアアア――ッ!!」

 高出力の重力場によって空間が捻れながら圧縮され、ヴィーヴルの喉元が抉り取られる。吐き出す直前だったエアロブレスは行き場を失い、大きく開いた穴から周囲に漏れだす。

(この短期間で、アキトは随分と頼もしくなりました)

「ならば私もこの世界の先達として、貴方に誇れる人でありましょう」

 そして風を切る音と共に砂塵を纏った矢がその穴を穿ち、岩石の槍【グレイブスワール】を形成してヴィーヴルの喉を突き破る。力を失った巨体が重力によって崩れ落ち、雪の上に横たわる。

「それが、アリスとしての最初の一歩です。そして必ず、アルヴヘイム王国を取り戻して見せます」

 アリスは決意を新たにしながら、死亡したヴィーヴルの胸元を漁っているアキトの元へと向かう。

「アリスさん、逆鱗の近くにこれが……」

「これは、ジェイコブ隊長の剣です。それがここにあるということは」

「僕たちと別れた後、ヴィーヴルと遭遇したんですね」

 アキトは鱗の隙間から刀身の破片を拾い上げると、到着したアリスに見せる。それはアルヴヘイム王国で成果を上げた騎士に授与されるレイピアの一片だった。2人はその存在に、彼らの最期に何があったのかを推測する。

「図らずとも私たちは、彼らの敵討ちをしたのですね」

「そうですね」

「これは持ち帰って、石碑に埋葬しましょう。少しでも彼らが、安らかに眠れるように」

 アリスは折れた刀身を受け取ると丁寧に布に包み、遺品としてエルフの里にある石碑に埋葬することを告げる。クロムウェル隊の皆が、同じ場所で眠れることを祈って。

……

…………

 シンとハインも合流し、倒したヴィーヴルを4人がかりで解体する。鱗や爪も錬金術などの素材として使えるが、一番の収穫は額に埋め込まれていた赤色の結晶石だろう。

「この結晶石って何ですか?」

「魔晄石よ。魔力を貯蔵して、後で使うことができるわ」

「それってMFコンデンサーの?」

 拳ほどの大きさのあるその結晶石は、魔力の貯蔵と放出をすることができる鉱石【魔晄石】だった。アキトの想定通り、MFコンデンサーの魔力貯蔵は魔晄石によるものである。

「そうだが、基本的に魔晄石は鉱山から採掘された物を使う」

「モンスターの魔晄石は属性が付いているから、MFコンデンサーには使わないらしいよ」

 重界で採掘された魔晄石は無属性であり、異界やモンスターが生成した魔晄石はその属性を持っている。魔力の貯蔵に属性は関係ないが、シンとハインが言うようにMFコンデンサーには使われていないらしい。

「それじゃあ、属性付きは何に使うんですか?」

「魔道士用の武器に使われるわ。属性が一致していれば、伝達回路を形成して魔法を強化することが出来るの」

 属性が一致していれば、体内に張り巡らされている魔力の循環経路に魔晄石を繋げることが出来る。これにより魔晄石に貯蔵されている分だけ魔力量が増えることになり、魔法の強化や継戦能力を向上させることができる。

「サイズが容量に直結するから、だいたいが杖になるな」

「ちなみに魔晄石の加工は、俺たち錬金術師の分野だ」

 魔晄石を使った装飾品等も存在するが、シンが言うようにサイズが求められるため、杖に取り付けることが多い。そしてそのための加工をするのが、ハインたち錬金術師である。

「ヴィーヴルは霊属性だから、アリスさんが使いますか?」

「私は魔力量に余裕があるので不要です」

「自分で使えなくても、属性付きの魔晄石はそれなりの値で売れる。ヴィーヴルから取れたということで、研究家や収集家が買い取ってくれる可能性もあるが……討伐の証として、自分で持つのも良いだろう」

 魔属性であるアキトは、霊属性のアリスに魔晄石を渡そうとするが断られてしまう。そこにシンからいくつか使い道を提示されたので、一先ずは自分で持っていることにした。

『アキト……アキト。彼女とフラグを立てるなら、俺がアクセサリーに加工しようか?』

『ハインさん!? いきなり念話で何を!?』

『実用面では要らないかもしれないが、プレゼントなら話は別だ』

 突然のハインからの念話にアキトは驚く。どうやら彼は、青少年の恋愛模様に首を突っ込みたいようだった。

『安心しろ。俺の技術をもってすれば、出発までには完成する』

「べ、別に僕はそんな下心で渡そうとしたわけじゃ……」

「ちょっとアキト君!?」

 念話で捲し立てられたアキトは、焦りのあまり念話を忘れて口に出してしまう。それにはハインも慌てて制止しようとするが、効果は無かった。

「そもそも、精霊の眼があるから念話していることは丸分かりですよ?」

「ああ! そうだった!?」

(内容までは分かりませんし。内緒話を詮索する趣味も無いのですが……)

(エルフの多いあの里にいて、その事を忘れるのか)

 アキトの指摘にハインは盛大に狼狽えてしまい、アリスとシンが呆れつつも微笑ましく視線を向ける。こうしているうちに日も沈みかけてきたので、解体したヴィーヴルを回収してエルフの里へと戻る。

――神暦9102年2月29日

 ヴィーヴルを退治した2日後、準備を終えたアキトたちは盛大な見送りを受けてエルフの里を飛び立つ。そして彼らは無事に、アルヴヘイム王国の東側に隣接するセレスフィルド連邦に亡命を果たす。


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