00-02 冒険者登録

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 僕の名前は狭霧アキト……地元の高校に通う普通の17歳だった。死んだ時の記憶はなく、気付けばこの世界に転生していた。

 魔法やモンスターが存在する世界……そんなファンタジーのような世界で僕は生きている。転生時に魔眼を授かったおかげで、この2か月でそれなりに戦えるようになった。

 そして今日、僕はこの世界で冒険者になる。

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 目的地だった街へ着いたアキトは、噴水の縁に座って物思いにふける。視線の先では麻袋を乗せた担架を騎士たちが馬車から降ろしており、続いて3人の盗賊たちが降ろされて連行されていく。最後には未だ意識のないオーガが担架で運ばれて行くのを見届けた。

「おじいちゃん、おばあちゃん!」

 一緒に馬車に乗っていた子供が老夫婦に駆け寄る姿が見える。どうやらこの街にいる祖父母らしく、その子の両親が訪問の挨拶をしている。

(良かった。ちゃんと守れたんだ)

 アキトは人を守る力になれたことを実感しながら、緩みそうな表情を隠すために噴水の水で顔を洗う。そんな彼の元へ1人の少女が駆け寄ってきた。身なりの良い格好をしているところを見るに、彼女は貴族の令嬢だと思われる。

「アキトさん、助けてくれてありがとうございます。かっこよかったですよ!」

 興奮が冷めないのか、尻尾を振りながら毛で覆われた耳をくるくると回している。その茶色の毛並みの尻尾と耳の存在は、彼女が馬の獣人であることを示していた。

「そ、そうですか」

 その勢いに圧倒されたアキトは、眼鏡をかけることも忘れて生返事を返す。やっと落ち着いたかと思えば、彼女は何かに気付いたのかおもむろに顔を覗いてくる。

(顔、顔が近い!)

「不思議な目……遠くから見ると黒いのに、近くで見ると青っぽく見える」

 その特徴的な目を不思議に思った彼女は、さらに顔を近づけて覗き込もうとする。動揺するアキトは彼女を落ち着かせようと、それが魔眼であることを告げる。

「この眼ですか? 魔眼ですよ」

「え、魔眼!?」

 魔眼と聞いて彼女は驚いて見線を逸らす。その反応にアキトは少し悲しくなったが、誤解されたままなのも嫌なのでその必要がないことを説明する。

「大丈夫ですよ。魔眼といっても魔法が視えるだけですから」

 アキトの眼【ラプラスの魔眼】は、魔法を発動するために構築された魔力の高次構造体【マトリクス】を視ることができる。視線を合わせた相手に干渉する能力はなく、眼が青色を帯びているのも流れる魔力が色として現れているだけである。

「へー、凄い! 凄いです!」

「あ、ちょっと……」

 説明を聞いて危険がないことは理解してもらえたのだが、それが逆に彼女の興味をひいてしまう。結局彼女が満足するまで、アキトはしばらく耐えるしかなかった。

「そうだアキトさん。まだ自己紹介していませんでしたね。私はカナ・C・バーストンといいます。助けてくれたお礼といっては何ですが、今日は家に来ませんか?」

「え……!?」

 ようやく眼鏡をかけることが出来たアキトは、今度は突然の招待に困惑することになる。状況が呑み込めないので、カナのお付きと思われる執事服の老人と話をしているシンの方を見て助けを求める。

「今回の件について公爵が俺たちを夕食に招きたいとさ」

 ここはセレスフィルド連邦バーストン領……つまりカナは領主である公爵の娘というわけである。身なりの良さから貴族だとは思っていたが、まさか公爵家の令嬢だとはアキトは思いもしなかった。

「お2人とも長旅で疲れておいででしょう。こちらで一晩泊まるためのお部屋も用意しますので、心ゆくまでくつろぎください」

 この待遇は想定外だったが、長旅で疲れているのも確かなので特に断る事も無く2人は招待に応じる事にした。とはいえまだ昼を過ぎたばかりであり、夕食まで時間がある。

「アキトさん、良かったら私がこの街を案内しましょうか!」

「それなら冒険者ギルドに行きたいです」

「構いませんよ」

 どちらにしろ、案内が無ければ招待された屋敷へも行けないので、アキトはカナの提案を受け入れつつ、冒険者登録をするためにギルドに寄りたい旨を伝える。

「数日は滞在する予定だ。ついでに依頼も受けてくると良い」

「本当ですか!?」

「ああ、俺も寄りたい所があるしな」

 アキトは依頼を受けて良いと言われて期待に胸を躍らせる。そしてシンも彼とは別にやりたい事があるらしく、別行動することとなった。

「それでは行きましょうか。まず、あっちはですね……」

 話もまとまったところで、カナはアキトの手を取って嬉しそうに歩きだしていく。彼女の案内に従いながら、バーストンの街を観光する。

――――――――――

 カナに街を案内してもらったところで、アキトは冒険者ギルドに到着する。建物は結構な広さがあり、中には受付の他に、打ち合わせスペース、依頼掲示板、伝言掲示板、施設案内、売店といった設備がある。

「すいません。冒険者の登録をしたいのですが」

「かしこまりました。では、こちらの書類を記入してください」

 冒険者登録の窓口が空いていたので、アキトは受付にいる女性職員に声をかける。渡された記入用紙を見ると、名前や属性などたくさんの項目が並んでいた。

「狭霧アキト、魔属性、種族は人間、男性、17歳……とりあえずこれだけでいいかな」

「魔眼については書かないんですか?」

「魔眼!? 魔眼をお持ちなのですか?」

 カナの魔眼という発言に、受付の女性職員が反応する。いや、彼女だけではなく、奥で作業をしている職員たちも、魔眼持ちと思われるアキトに注目している。

「あ、はい。ラプラスの魔眼が使えます」

「でしたらこちらに記入しておきますね!」

 女性職員はとびっきりの笑顔を見せながら、用紙に素早く魔眼について記入し、アキトの反応を待たずに手続きを進めていく。

 多種多様な依頼の中には特殊な能力が求められるものも存在する。ラプラスの魔眼もその1つであり、ギルドとしては是が非でも確保したい人材であった。

「魔眼ってそんなに珍しいんですか?」

「そうみたいだね」

 2人が突然のテンションアップに驚いている間に、今度は箱を持ってきてアキトに差し出してきた。その手際の良さに感心する間もなく、女性職員は登録手続きの説明を続ける。

「魔力紋を登録しますので、こちらの箱に指を入れて魔力を流してください」

 魔力には固有のスペクトル【魔力紋】があり、それによって個人を識別することができる。アキトが言われた通りに魔力を流すと、女性職員はそれをカウンターの奥にいる別の職員に渡す。

「それではカードを発行しますので、その間に冒険者ギルドについて簡単に説明させていただきます」

「お願いします」

 冒険者ギルドは公営であり、国の事業の一部として存在する組織である。そのため依頼内容は公共事業や社会福祉の色が濃いが、個人や法人から受け付けた依頼も存在する。

 冒険者はその中から選んで依頼を受けるのだが、依頼に求められる最低限の能力を持っていないと判断された場合は受けることはできない。

 その判断はギルドに記録されている冒険者の情報を元に決定されるため、認められるには地道に依頼をこなして能力と実績を積み上げていく必要がある。

「……説明は以上になります。カードが発行されましたのでお渡しします」

 説明を聞いている間にカードが発行され、アキトは女性職員からカードを受け取る。表面にはギルドの紋章が描かれており、その下に先ほど魔力を流した透明な石が埋め込まれている。

「こちらがアキト様のカードになります。依頼の報酬はこのカードに振り込まれますから、紛失には注意してください」

 冒険者カードはICカードの魔力版といったような物で、金銭のやり取りができるようになっている。ただし再発行時に残高は引き継がれないので、女性職員が言うように紛失には気を付けなければならない。

「これにて手続きは完了になります。もし依頼を受けたいのでしたら、こちらに新人向けの依頼を用意しておりますが、ご覧になりますか?」

「はい」

 女性職員から受け取った用紙を、アキトは1枚1枚確認していく。薬草摘み、店番といったお手伝いレベルの物から、夜間巡回、ネズミ駆除などなど、新人向けの危険が少ない仕事が並んでいる。

「ん? これは……」

 最後の用紙を見た時、アキトは手を止めてその内容を読んでいく。それは猪の魔物【ストライクボア】の討伐依頼だった。この街に来る途中で盗賊に襲われたあの森に出没し、被害は死者2名、重軽傷者3名、行方不明者1名と記載されている。

「え、嘘……この場所って、今日通ってきた森じゃないですか」

 横から覗いていたカナも、明らかに危険な魔物の情報に驚く。もしかしたら、盗賊団ではなくこの魔物に襲われていた可能性も十分にあった。

「この依頼、掲載から随分と時間が経っているみたいですが」

「実は現在、優先度の高い護衛依頼が多くありまして……冒険者の多くがそちらに回されているため、人手が足りていないのです」

 女性職員から聞くところによると、2か月前から増えた都市間移動の護衛依頼で冒険者の多くが出払ってしまい、先月に発生したこの事件の依頼を受ける人がいない状態が続いているそうだ。

「もし少しでも魔物に対抗できるのであれば、この依頼を受けて頂けないでしょうか? 昨日、若手の冒険者が依頼を受けてくれましたので、その方と協力すれば討伐できるはずです」

 戦闘能力がないのなら受ける必要はないと職員は付け加えるが、実績のない新人にも依頼書を見せるあたり余裕がないことは明白だった。

「分かりました。この討伐依頼を受けます」

「ありがとうございます。くれぐれも無茶はしないでください」

「アキトさんなら大丈夫ですよ!」

 現在は注意喚起によって新たな被害は出ていないらしいが、いつ新たな犠牲者が出るとも限らない。大丈夫だと信頼してくれるカナやこの街の人たちを守るためにも、アキトはこの依頼を受けることにした。


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