01-15 ゲシュペンスト隊襲撃

the night sky is filled with stars and trees

「2人が動き出しました。こちらも仕掛けましょう」

「ゲイザー、ここから狙わなくて本当に良いの?」

 ビーを殺害した襲撃者と同じ黒衣を纏った人物が2人、背の高い樹の上からクロムウェル隊の野営地を眺めている。夜間かつ索敵に引っかからない距離を保ちながらも、ゲイザーの目は敵陣を正確に捉えていた。

「確実を期すためです。今は一つずつ、王女を捕らえるための布石を打っていきましょう。それに、いくらデリーターでもこの距離と暗闇では当たらないでしょう」

「心外だね。本気で狙うからその眼を貸してよ」

「まったく……私たちがここに残ったら、誰が王女の身柄を確保するんですか?」

「分かってるよ」

 ライフル銃を持ったデリーターが狙撃の腕を疑われて反論する。だが、暗視の魔法が使えるとはいえゲイザーの作戦も理解しているため、これ以上引き下がることはしなかった。

「ここから視えるトーチカは1基。探知は確定で、最低でも魔力弾による迎撃機能はあるでしょう」

 バスケットボールほどの大きさのある緑色に光る魔力の塊【トーチカ】が、木々の間を漂っている。内部に組み込んだ魔法によってその性能は異なるが、最低でも索敵と迎撃機能は有るとゲイザーは推測する。

「邪魔なトーチカを壊して一気に奇襲……強引だけど、威力偵察にはなるか」

「念のために魔法の反応は隠します。1発で破壊してください」

「了解」

 デリーターがライフル銃を構え、出現した緑色に光る3枚の魔法陣によって周囲が照らされる。それは銃弾の威力を強化するブラストバレルの魔法陣が2枚と、弾速を強化する魔法陣【クイックバレル】であった。

「3……2……1……」

 カウントダウンと共にデリーターがライフル銃の引き金を引くと、魔力を纏った銃弾が暗闇の中を走る。一筋の光がトーチカの中心を捉えて破壊に成功すると、間髪入れずにゲイザーを先頭にして野営地へ向けて走り出す。

……

…………

 トーチカの破壊に反応して、野営地に駐留させている管制のトーチカが警報を鳴らす。敵の襲撃を察知したクロムウェル隊が戦闘態勢を整えようとするが、それより先にゲイザーが接近する。

「アキト、下がってろ」

「シンさん。それは魔力の塊です。中に人はいません!」

 ゲイザーは魔力で形成した短剣を構えているが、アキトの持つラプラスの魔眼には赤い魔力の塊が映っている。それは魔法によって空間に姿を投影することで、幻を見せているに過ぎなかった。

(幻影を見抜いた。あの少年、もしかして精霊の眼を?)

「アキト、本体の位置は分かるか?」

「奥から魔法の反応が、こっちを狙っています!」

 シンが幻影を撃破したのと同時に、ゲイザーは魔法で発生させた雷を収束させるように放つ。自身の使用する魔法を見抜いたアキトに狙いを定め、後顧の憂いを断とうとする。

「2人とも、そのまま動かないで!」

 管制のトーチカが高速で割り込んできたかと思うと、瞬時に設置型のシールド【エスクード】にその姿を変える。雷撃魔法【リニアライトニング】の直撃にも耐え、2人とゲイザーの間に大きな壁を作る。

「もう大丈夫よ」

「マルームさん、助かりました」

「まだ気を抜くな……もう1人いる」

 マルームが合流したことにアキトは安堵するが、クロスボウの準備をしていたシンがもう1人の襲撃者を探知する。ゲイザーがエスクードを飛び越えるように魔力弾を放つと、呼応するかのように暗闇の中から銃声が響き渡る。

「ヒヒーン!」

「先輩、これはいったい!?」

 馬車を引っ張っていた馬が狙撃されて、悲鳴をあげて絶命する。駆けつけたシイが狙撃手の位置を推測して応射するが、木を盾にされて命中しない。

「くそっ、敵がここまで来やがった。エスカたちはやられちまったのか!?」

「そんなはずないわ!」

 鎧を身に纏ったジェイコブ隊長が飛び出すと、レイピアと盾を構えて警戒する。マルームも探知魔法とトーチカによる支援をしつつ、他の騎士たちが集まるまでの時間を稼ぐ。

 目まぐるしく状況が変化していく中、森の中から不自然に強風が吹きこんでくる。

「ぐああああ!」

(見つけた、ソフィア・L・アルヴヘイム)

 それと同時にビーを探しに行ったエーが吹き飛ばされてくる。そこに剣と盾を持った新たな襲撃者が現れ、迷うことなくソフィア王女を目指す。

「くっ、させるかよ!」

 無視されたエーは仲間の騎士から巨大なメイスを受け取ると、襲撃者に向けて豪快に振り下ろす。衝撃と共に伝播した魔力が連鎖的に大地を隆起させ、メイスを回避した襲撃者を追撃する。

「ハァハァ……こいつがあれば、もう遅れは取らねえぜ」

「やはり、狙いはわたくしですか」

 エーの放った一撃【地走り】によって、襲撃者は後退を余儀なくされる。ソフィア王女は自身が狙われていると悟るが、ようやく歩けるまでに回復した状態では逃げることもできなかった。

「隊長、黒尽くめはもう1人いる! そいつとこいつにビーが殺られちまった」

「なんてこった! ソフィア様は、俺から離れんでくださいよ」

 剣士の襲撃者と戦いながら、エーは敵がもう1人いる事を告げる。ビーの事も知りジェイコブ隊長も驚くが、ソフィア王女を守るように盾を構えて迎撃態勢を整える。

「不自然な魔力の流れ……仕掛けてきます」

「こっちに来たか」

 ソフィア王女が攻撃の予兆を感知すると、暗闇の中から1本の短剣が飛んで来た。ジェイコブ隊長の足元に刺さったかと思うと、エーの言っていた別の襲撃者が突如として目の前に現れる。

「なっ、身体が動かん!?」

 影に突き刺さった短剣が、ジェイコブ隊長の動きを封じ込める。目の前に現れた新たな襲撃者は身を屈めながら、影を切るようにして先ほどの短剣を引き抜く。

「ジェイコブ隊長、シールドを!」

「分かってます」

 刀身の動きに沿って空間が歪み、まるで斬り裂かれるように影が吸い込まれていく。短剣は肥大化した影の刃と化し、漆黒の斬撃となって振り抜かれる。

「おいおい、ヒヤッとしたじゃねえか」

 鎧の左胸から肩にかけて浅い傷が刻まれながらも、ジェイコブ隊長は仰け反ることなくその場に留まっていた。2人が形成した青色と緑色のシールドは両断されたが、影の刃が鎧を切り裂くことは無かった。

「――ッ!?」

 身体の自由が戻ったジェイコブ隊長は、手に持った盾を叩きつけて黒尽くめの人物を吹き飛ばす。そして魔法で水のブレス【アクアブレス】を吐き出して追撃するが、体勢を立て直されて回避される。

『リーパー、大丈夫?』

『問題ない。それよりサイレンサー、加勢はいるか?』

『こっちも大丈夫。回避に専念すれば十分引き付けられる』

 ジェイコブ隊長への奇襲を防がれたリーパーと、エーを引き付けているサイレンサーが念話で状況を伝え合う。これにより両部隊の全ての戦力が出揃ったことになり、多勢のクロムウェル隊が攻勢に出る。

(10、11、12……王女を含めて12人ですか。我々ゲシュペンスト隊でも、4人で相手にするには数が多い。ログラスの町から増員が無いと分かっただけでも収穫ですね)

 黒尽くめの襲撃者集団【ゲシュペンスト隊】の指揮を執るゲイザーは、幻影で牽制しながらクロムウェル隊の人員を観察する。目的である威力偵察を達成し、奇襲の優位を失ったことで撤退を判断する。

『敵の態勢が整いました。デリーターとリーパーは退路の確保を、サイレンサーは私と物資の破壊を試みて離脱です』

『了解』

 ゲイザーは念話で各員に指示を送ると、魔力を雷に変換して右腕に纏わせる。同時にサイレンサーが盾で敵の攻撃を防ぎつつ、風の魔法の準備と2人の後退を支援する。

「ジェイコブ隊長、リニアライトニングが来ます」

「狙いは俺か?」

「いいえ。馬車の荷台を狙っているわ」

 リニアライトニングは貫通力に優れた攻撃魔法であるが、その威力を発揮するためには事前に魔力による誘導が必要になる。通常は目で見ることはできないが、魔力そのものを捉える精霊の眼であれば見ることが出来る。

「マルームさん、相手の剣に風の魔法が……」

「大丈夫、視えてるわ。シイ、少し前に出るわよ」

「了解です。危ないから、アキト君は下がって」

 同時にアキトとマルームが、サイレンサーが準備している魔法の予兆を察知する。放たれる前にシイとともにシールドを展開することで、彼らを守るように攻撃に備える。

『準備完了、いつでも行けます』

『こちらも囲まれる前に撤退しましょう』

 サイレンサーが剣を振るうと、斬撃を伴う暴風【ルフトシュトローム】が巻き起こる。燃え上がる焚き火をかき消し、暴風を防ぐために展開された色とりどりのシールドが浮かび上がる。

 直後にゲイザーもリニアライトニングを放ち、暗闇を引き裂く閃光が一直線に馬車の荷台を狙う。

「……全員、無事か?」

「探知魔法に反応なし。撤退したようです」

 万全の状態で迎え撃ったジェイコブ隊長が、リニアライトニングを盾とシールドで封殺する。マルームの探知魔法にも反応はなく、クロムウェル隊は敵の襲撃を退けることに成功した。

「隊長、ビーの奴が……」

「何も言うな。敵が戻ってくる前に、この場を離れるぞ」

 しかし幾ばくかの物資と馬車をけん引する馬……そしてビーを失ってしまった。静まり返った闇夜の中、居場所を知られた野営地の撤収作業に移る。


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