
(あれは、イシュテナさん?)
ワタオ村で一夜を明かし、ユースケは出発前の買い出しを終えて戻ろうとしていた。そこで見つけたのは、路地裏で1組の男女に絡まれているイシュテナだった。
「お前が噂の無属性の女だな」
「……」
おそらく冒険者と思われる顔に刺青のある男が、イシュテナに声をかける。もう1人の相方の女は、答える気のない彼女を逃がさないように警戒している。
「4日前、領都バーストンを襲おうとしたキマイラも無属性だった」
「あれはお前の召喚獣かなんかじゃねえのか?」
「……何が言いたい?」
慎重に問いただそうとする相方の女に対して、刺青の男が確信を持った口調で責める。彼らはイシュテナが、領都バーストンを襲おうとしたキマイラの召喚者だと疑っているようだった。
「察しが悪いなぁ、金だよ金。連邦軍に通報されたくねえだろ」
「関係ない私を捕まえて何になる」
「無属性ってだけでも、研究対象にはなる。金を払ってでも欲しがる連中はいるんだぜ」
関係を否定するイシュテナだったが、刺青の男はなにかと理由を付けて恫喝する。どうやら彼女が無属性であるということは、完全に知られているようだった。
(どうしよう、周りには誰もいないし……)
(そこにいるのはユースケか?)
その様子を目撃してしまったユースケは、どうすれば良いのか判断に迷う。そうこうしているうちに彼の存在に気が付いたイシュテナが視線を向ける。
「なんだよ、おっさん。ジロジロと見てんじゃねえよ!」
「い、いや……ボクは、別に……」
動いた視線を追って、刺青の男もまたユースケの存在に気付いて威嚇する。相方の女は変わらずイシュテナを警戒しており、彼女が動かないように視線で釘を刺す。
「ちょっと、貴方たち! そこでなにしてるんですか!」
「ユースケさん、イシュテナ、大丈夫ですか?」
近くを通りかかったシーリスとアキトが騒動を発見して駆けつける。相次ぐ第三者の介入に臆することなく、刺青の男は腰に差した2本の短槍のうちの1本に手をかける。
「ちっ、お前らには関係な――」
「うわっ!?」
臨戦態勢に入る男の行動に驚いたユースケが、思わず姿を消すステルス魔法を発動させる。目の前にいたはずの彼が一瞬にして消えたことで、刺青の男は警戒して動きを止める。
「消えた!? 野郎どこ行きやがった!」
「ムキになるな。引くぞ」
「……」
突然ユースケを見失ったことで刺青の男は苛立つが、相方の女の声を聞いて黙り込む。彼女はこの場を離れようとするが、彼は動こうとはしなかった。
「おい、聞いているのか?」
その様子に相方の女がもう一度声をかける。
「いや、やっぱ行かせられねえわ」
「「は?」」
刺青の男が発した言葉に、イシュテナだけでなく相方の女からも困惑の声が漏れる。彼は腰に差した短槍を抜きながら、左腕を彼女に伸ばして取り押さえようとする。
「何のマネだ」
イシュテナはすぐに後ろに飛び退くと、自身の周りに白色の魔力を纏わせる。刺青の男は空振りした腕はそのまま、引き抜いた短槍を構えて彼女に視線を定める。
「お前を連れて帰るって言ったんだよ」
「イシュテナ!」
「あのバカ」
金銭を要求していたはずの刺青の男の言動の変化に、アキトとシーリスが危険を感じて割り込もうとする。相方の女も彼に対して悪態を付いてはいるが、2人の前に立ちはだかって介入を阻止する。
「少しだけ相手してやる。それで諦めろ」
「いいぜ」
刺青の男の返事を聞いたのと同時に、イシュテナが身に纏っていた魔力の靄が収束していく。そして魔力の弾けた音と閃光を残して、彼女の姿が消える。
「一瞬で屋根の上に!? 昨日もこれでグラスエイビスを」
「テレポートだ」
(視た感じは、召喚魔法と似ている……いや、根本的な原理が同じなのか?)
探知魔法で状況を追っていたシーリスが、民家の屋根の上に瞬間的に現れたイシュテナに驚く。それは2点間の空間を飛び越えて瞬時に移動する魔法【テレポート】であり、隣で“視て”いたアキトも思わず関心を抱く。
「先に帰っていいぞ」
「それだとお前は延々と追い続けるだろ……3分だけだ。3分だけ、お前の独断専行を見逃してやる」
「おお、恐い」
刺青の男は両足の裏から魔法で爆発を発生させると、その勢いに乗って屋根の上に飛び乗る。相方の女が時間制限について念を押すが、どこまで通じているかは分からなかった。
「さて、こちらもルールを決めよう」
「ルール?」
「何を言ってるの?」
「3分後、このトーチカが信号弾を放つ。それまで逃げ切れば、イシュテナの勝ちだ」
突然の申し出にアキトとシーリスは困惑する。相方の女は1基のトーチカを生成し、これ見よがしに2人との間に置く。
「君たちが手を貸すというのであれば、このトーチカを叩くと良い。私以外の魔力を通せば、それでも信号弾は放たれる。そうすれば、3分待たずにイシュテナの勝ちだ」
「あのトーチカ、移動以外は本当に信号弾を撃つ機能しかない」
相方の女の言葉が冗談ではないことは、ラプラスの魔眼で視たトーチカの性能から明らかだった。それがさらにアキトを困惑させるが、彼女は気にすることなく説明を続ける。
「私はトーチカの防衛以外はしない。ただしトーチカが破壊されて信号弾を発射できなかった場合のみ、君たちの反則負けとさせてもらう」
「それでもこっちが有利じゃない?」
「私としてはもう引き上げたいんだが……あのバカが納得しないからな」
シーリスの言う通り、挑戦することに対するリスクは小さい。威力制限を設けることで、これはゲームであるという暗黙の了解が両者の間で成立する。
「残り2分30秒……介入するか、彼女を見守るかは、好きにするといい」
((あ、カウントもう進めているんだ))
相方の女は乗り気ではなさそうだが、自らルールを設けたからには最低限の防衛はすると予想される。2人はひとまずイシュテナの様子を確認し、念話で作戦を立てることにした。
『アキト君、どうする?』
『可能性は低いけど、約束通り退くとは限らない……』
屋根の上……いや、空中では刺青の男が爆発魔法による移動と短槍による攻撃でイシュテナを追いかける。対する彼女は白色の魔力で形成した短剣で攻撃を切り払いながら、短距離のテレポートを繰り返して逃げ続けている。
『ユースケさんの力を借りようと思う。シーリスは左側からトーチカを攻めて』
『分かった。けど、私の鼻でも見つけられないから、立ち位置に気を付けてね』
アキトはシーリスに指示を出すと、戦闘態勢を取ってゆっくりと左右に分かれて行く。その様子を見ながら相方の女は、トーチカを後ろに下げると魔力の剣とエスクードを形成する。
『ユースケさん。消えたままトーチカに近づいて、魔力を流し込んでくれませんか?』
(アキト君? ボクには無理だよ)
アキトは念話を使えないユースケに一方的に語り掛ける。返事代わりのジェスチャーも頼むが、彼がその場から動くことは無かった。
(……ゴメン。いくら透明になってても、この中を進めないよ)
ユースケの視界には、武器で打ち合っている相方の女とシーリスがいる。その間に漂う緊迫感と、上空で鳴り響く爆発魔法が彼をさらに委縮させる。
『ユースケさん……いえ、無理を言ってすいません』
ユースケの様子に無理強いはできないと判断したアキトは、アステロイドでトーチカを狙う。しかし相方の女はシーリスを足止めしながらも、エスクードとシールドで直撃弾を的確に防いでいく。
「いい加減、終わりにしようぜ」
「……」
上空では刺青の男がイシュテナに向かって短槍を投げつける。彼女は難なくテレポートで躱すが、行き場を失った槍がそのまま地面に向かって飛んでいった。
(ひっ、うわああ!!)
はたから見れば、短槍は誰もいない地面に突き刺さっただけだった……しかしその場所はステルス魔法で隠れていたユースケの目の前であり、彼は恐怖のあまり買い物袋を落としてその場から逃げ出してしまう。
(イシュテナではない。これは――)
相方の女の探知魔法に買い物袋の反応が突如現れる……その場所はトーチカのすぐ近くであり、その間を隔てる物は何もなかった。
「あの男、ずっと近くに隠れていたのか!?」
「この隙に……っ!?」
相方の女は即座にエスクードを射出して、出現地点との間に割り込ませる。脇を抜けようとしたシーリスに対しては空間伝播する斬撃【剣閃】で牽制するが、それにより振り抜いた魔力の剣が消滅する。
(思った形と違うけど……ユースケさん、ありがとう)
射出されたエスクードはその役目を果たすことなく、民家の壁にぶつかって失墜する。ユースケが逃げたことを把握しているのはアキトのみであり、彼は冷静に誘導機能を持たせたアステロイドを放つ。
「貴女が出したルールです。これで僕らの勝ちです」
「見事だ……」
相方の女の頭上と側面の二手に分かれたアステロイドが、弧を描いてトーチカに吸い込まれる。そして爆発魔法が鳴り響く上空に、信号弾の閃光が射し込まれた。
「勝負はついた。追いかけっこは終わりだ」
「チッ、仕方ねえ」
相方の女の宣言を聞いて、刺青の男は村の外に向けて飛び去って行く。残された彼女は地面に刺さった短槍を引き抜くと、そのまま路地裏に入って姿を消した。
……
…………
「ユースケさん、もう魔法を解除しても大丈夫ですよ」
「うう、ゴメンね。何もできないどころか、逃げちゃって」
アキトはラプラスの魔眼で位置を確認すると、誰もいないはずの場所に向かって声をかける。ユースケはステルス魔法による透明化を解除して姿を現すと、自身の行動について謝罪する。
(気配を追えなかった。本当にずっとそこにいたのか?)
「イシュテナ、大丈夫?」
「問題ない……が、誰かに通報されても面倒だ」
ユースケのステルス魔法に思考を巡らせていたイシュテナだったが、シーリスに声をかけられたことで中断する。本当に通報されるかは分からないが、面倒ごとは回避したかった。
「アキト、昨日の話だが改めて受けさせてくれ」
「もちろん。歓迎しますよ」
「それじゃあ皆でリオールへ行きましょう」
イシュテナは昨日話していたカナの護衛の件を引き受けると告げる。アキトとシーリスは彼女を歓迎し、馬車を止めてある場所に連れて行って他の人たちにも伝える。
一番喜んだのはカナであり、新たな仲間を加えて一行は貿易都市リオールを目指した。
【設定紹介】
バーストン領とリオール領を結ぶ街道の1つが通る、人口数百人規模の農村。
カナを貿易都市リオールへ護送する際の中間地点として立ち寄った。
その立地から旅人や冒険者などの一時的な滞在者が多く集まるため、少しずつ開発が進められている。
収穫した麦を使って作られたエールが好評で、密かな人気を集めている。
セレスフィルド連邦バーストン領
第2章2話:貿易都市リオールとの中間にある村


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