日も沈みかけたころ、クロムウェル隊は無事にログラスの町に到着する。目の前には中心を突き抜ける大通りとそれに沿って立ち並ぶ民家があり、さらに外側には広大な田畑が広がっている。
「おおー、騎士様。よくぞ参られた」
ログラスの町からもクロムウェル隊の馬車を見つけたのか、1人の中年男性が駆けつけてきた。どうやら町長であるらしく、隊長であるジェイコブが話を聞く。
「ジェイコブ隊長って、サハギンなんですよね?」
「そうだけど、どうして?」
「いえ、見た目だと判断できなくて。デイさんみたいに耳とか生えていたら分かりやすいんですが」
クロムウェル隊隊長のジェイコブ・クロムウェルは、サハギンという半魚人の種族だとアキトは聞いていた。しかし見た目は普通の中年男性であり、魚人要素はどこにも見当たらないことに疑問を抱いていた。
「基本的には人の姿のままの人が多いよ」
「そうじゃない人はなにか理由があるんですか?」
「うーん、種族としてのアイデンティティとか、実用性とかだと思うよ。副隊長やビーさんみたいに、羽を出しておけばいつでも空を飛べるしね」
「なるほど」
ちょうど先頭の方で歩いている男性騎士を見つけて、アキトはデイの言葉に納得する。ビーと呼ばれた彼の種族は蜂であり、背中には確かに虫の翅が生えていた。
「ちなみにデイさんが耳を出しているのはなんでですか?」
「それは、可愛いから!」
この世界では部分的に異体化した人のための衣類も充実しており、デイはそのファッションも楽しみたいからだとも語った。
「この町も襲撃されていましたか」
「はい。駐留軍のおかげで何とか撃退できましたが……まさか王都があんなことになるなんて」
2人が話しているうちに、町長に連れられる形で襲撃の爪痕が残るログラスの町の中に案内される。そこには町民と駐留の王国軍の人たちが集まっており、クロムウェル隊を出迎える。
「お前も無事だったか。いやー、良かったぜ」
「待て、様子がおかしい」
種族がギガースということで大柄な肉体を持つエーが、知り合いの兵士を見つけて声をかける。しかし相手からの反応がなく、近くを歩いていたビーが生気の失せた兵士の顔を見て警戒する。
『さあ行け、馬車の中にいる王女を捕らえろ』
直後にエーが声をかけた兵士が剣を抜いて斬りかかって来る。それだけではなく出迎えてくれた人全員が、馬車を取り囲むようにして各々武器を構えだす。
「エー、下がれ!」
ビーが刺突に特化した両手剣【エストック】を振り降ろして、エーに襲いかかった兵士の剣を弾き飛ばす。そのままエストックを薙いで胴に直撃させるが、痛みを感じないのか顔色一つ変えずに踏みとどまっている。
「お前、リビングデッドにされたのか!?」
「リビングデッドって?」
「死体を誰かが操ってるの」
兵士の異常な様子に、エーは知り合いが死体人形【リビングデッド】にされたことを察する。アキトがデイに聞いたように、それはその兵士がすでに死んでいることを意味する。
「てめら、よくも!」
エーは自らの武器である巨大なメイスを怒りに任せて薙ぎ払う。数体のリビングデッドを吹き飛ばし、千切れた手足や直撃した胴体から凝固した血液が飛び散る。
「エスカ、ビー! お前らは空から包囲を抜けろ!」
「「了解」」
ジェイコブ隊長の指示を受け、空を飛べる2人が包囲の突破を試みる。敵もそれを想定していたのか屋根の上にも人員を配置しており、弓や魔法による妨害を受ける。
「こっちは片付けた。このまま包囲を抜ける」
シンがクロスボウで牽制したところをバウンドブロックで強襲し、対空攻撃をしていた敵を潰す。これによりエスカとビーも包囲網から抜け、生きた魔王軍と殺された王国軍と町民のリビングデッドによる混成部隊の優位を崩す。
「先輩、アキト君を頼みます」
デイに守られながら、アキトは馬車の荷台に乗り込む。そこにリビングデッドの1体が襲いかかってくるが、マルームの魔力弾によって阻止される。
「ありがとうございます」
「中にいれば安全だから……ソフィア様を見ててもらえるかしら」
「数が多い。先輩、これじゃあキリがないですよ」
マルームはシールドで馬車を守る傍ら、魔力弾を飛ばして騎士たちの援護を行う。シイもライフル銃を構えて遠くから攻撃してくる敵を狙撃しているが、一向に数が減らない。
「町長さん。こっち――」
アキトが馬車の荷台に逃げ込んだことを確認したデイは、逃げ遅れた町長を助けに向かう。
「いや、アンタがこっちに来るんだよ!」
だがデイが町長の手を引いて助けようとした時、逆に腕を掴まれて敵の方へ放り投げられてしまう。突然の行動だったにもかかわらず、敵は謀ったかのように槍を構えて彼女の背中を狙っている。
「ごふっ……そんな、どうして」
デイはシールドを展開して背面からの攻撃を防いだものの、町長が形成した魔力の槍によって胸部を串刺しにされる。彼女はそのまま敵に取り押さえられ、苦悶の表情で問いただす。
「どうしてって? まだ気づかないのかい」
「変身能力!? それじゃあ僕たちは、最初から……」
デイの問いに答えるかのように、町長だった中年の男性は赤髪の女性に若返る。アキトたちはその正体に驚くが、同時に自分たちがこの町に着く前から仕組まれた罠にかかってしまったことを理解する。
「あ~、やっとオッサン姿から解放された。これで良いだろ、マリク」
「上出来だぜ、ミランダ」
「はぁはぁ……うぅ……」
町長に変身していたミランダに声をかけられ、指揮官と思しき男性が姿を現す。黒ずくめの衣装に身を包んだ銀髪の男性は、リビングデッドから捕まえたデイを受け取る。彼女は痛みを遮断するペインブロックを使いつつ、傷口を抑えて自らに回復魔法をかける。
「くそっ、町長に化けてたのかよ!?」
「おっと、悪あがきはそこまでだ!」
ジェイコブ隊長がレイピアで斬りかかろうとするが、マリクがデイを人質にとって断念させる。周りで戦っていた騎士たちも下手に手が出せず、敵にジリジリと包囲されていく。包囲の外側にいるシンたちも同じ状況だった。
「くっ……離、して……」
「おおっと、させねえよ」
デイが残った力で拘束から逃れようとするが、胸部の傷もあり容易に押さえつけられる。するとマリクはおもむろに彼女の首筋に噛み付いて血を吸い始めた。
「あ、あぁ……」
「力が入らねえだろ? おまえは大人しくしてりゃあいいんだよ」
マリクの吸血行為に、デイは嬌声を漏らして抵抗を止める。力が入らないのか傷口を抑えていた手も地面に向けて垂らし、かろうじて立っていられるという状態だった。
「さあ、こいつの命が惜しければとっとと王女を渡しな!」
「先輩、私は……もう……だから……ソフィア様を……」
(魔力の奥に何か見える……あれは魔法? まさか――)
マルームに言葉を告げると、デイは残った力を振り絞って自身の胸に緑色の魔力を集中させる。傷口の奥から覗くマトリクスを視てしまったアキトは、その魔法がもたらす結果を直感で理解してしまう。
「デイさん、ダメです!」
アキトが思わず声を上げるが、デイはただ笑顔を返すだけだった。そして破裂音とともに彼女の身体から魔力が飛び散ると、最後に傷口から血液が押し出される。
「こいつ、自決しやがった!?」
(そんな……潰したのか? 自分の心臓を……)
手足から力が完全に抜けたデイが音もなく崩れ落ち、支えていたマリクに全体重が加わる。アキトだけでなく敵も味方も彼女の行動に唖然とする中、ジェイコブ隊長の号令が響き渡る。
「……全員走れ!」
現実に引き戻されたクロムウェル隊が、馬車と共に走り出す。デイの死を無駄にしないためにも、今はこの町から生きて脱出するしかなかった。
「何やってんだ。追え、追うんだよ! ほら、お前も!」
「止めて。それだけは!」
マリクは強引に包囲網を突破した馬車を追うように命令する。何をしようとしているのか察したマルームの叫びが届くことはなく、死んだはずのデイが立ち上がる。
「デイさんが、生き返った!?」
「違うわ。リビングデッドにされたのよ」
「そんな……」
もしかしたらという淡い期待もあったアキトだったが、マルームの言葉がそれを否定する。事実、リビングデッドにされたデイの目に生気はなく、ただマリクの命令に従う人形となっていた。
「貴様!」
「おい、俺様を守れ!」
言葉を失うアキトに対し、シイは怒りのあまりマリクに向けて引き金を引く。銃口の先に展開された2枚の魔法陣【ブラストバレル】を通して強化された銃弾が放たれるが、リビングデッドにされたデイが青色のシールドを展開して割り込む。
「あ、ああ……」
シールドはブラストバレルで強化された銃弾に貫かれ、魔力の破片となってデイの左肩から先と一緒に吹き飛ぶ。噴き出す鮮血はとても死人とは思えず、シイは2発目を撃つことができなかった。
「さあ行け! 王女を捕まえて来い!」
「そんな、身体が吹き飛んでいるんですよ!?」
マリクに命令されたデイは、血が流れだしているのもお構いなしに馬車を追いかける。その非情な行為を非難するアキトだったが、当然聞き入れられなかった。
「クッソオオォォ――ッ!!」
リビングデッドに混じって追いかけてくる魔王軍の兵士が、魔法を放ちながら脱出を阻止しようとする。シイは叫びながらも、後ろを走っている騎士たちの援護をマルームと共に行う。
「出口を抑えた。あと少しだ!」
エスカを始めとする飛行できる人たちが先行して、ログラスの町の出口を守っていた敵を排除する。するとシグレが足を止めて立ち止まり、殿を守るように居合の構えをとる。
「デイ、ありがとう。君に報いるためにも、僕らは必ずソフィア様を守るよ」
そしてシグレが赤い魔力を纏わせた刀を振り抜いた瞬間、数10メートルは離れているデイの身体が両断される。刀身から放たれた魔力の刃による一閃【神薙】によって、彼女は今度こそ永遠の眠りにつく。
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