01-29 身体強化と防御魔法

 ソフィア王女改めアリスのリハビリが終わるまでの間、アキトとシンもエルフの里に滞在することにした。

「アキトにはこれから、戦闘に必要な魔法を教えていく」

「はい、お願いします」

「身体強化、シールド、魔力弾、魔力刃、探知、念話、精神障壁……最低限であれば、このくらいは必要でしょうね」

 セレスフィルド連邦で冒険者になるにあたって、アキトはシンとアリスから講習を受ける。これまでもクロムウェル隊の騎士たちからその都度教えてもらっていたので、この機会に整理して基礎を固める。

「最低限でも7つ……結構ありますね」

「このうち、シールド、魔力弾、探知については既に使える。魔力弾が使えれば、魔力刃も実質使えるようなものだ」

「身体強化で魔力操作を身に着けて、そこから魔法を習得するのが一般的な流れだけど……」

 これまではラプラスの魔眼で視たマトリクスをトレースすることで、一足飛びに魔法を習得してきた。そのため一般的な手順とはかけ離れており、理論的な学習も追い付いていない。

「とにかく、まずは身体強化からだが……改めて魔力について話す」

「分かりました」

 これまでアキトは主にクロムウェル隊の騎士たちから、魔法について教えてもらっていた。しかし最初にシールドの形成だけだができると言ってしまったせいで、その前段階は既にできると判断されてしまった。

 シン自身もこの訓練に際して改めて学習状況を聞いて、初めて抜け落ちていることを知った。

「まず生物には魂があり、これが空気中の魔素を取り込むことで魔力になる。生成された魔力は体内を循環して代謝し、最後は放出される」

(つまり魔法を使わなくても、呼吸をするのと同じように魔力を消費するのか)

「そして余剰魔力は魂に貯蔵され、魔法を使う時に消費されます」

 魔力の源となる素粒子【魔素】は空気中に分布している。これが魂に取り込まれることで魔力となり、その魔力でマトリクスを構築することで魔法が発動する。

「その貯蔵できる魔力量は、種族で決まるんですか?」

「種族や遺伝による影響はありますが、ある程度止まりです。ですが重要なのは、自分がどれだけの魔力量があるか把握することです」

「この里にも、測定器の1つくらいはあるだろう。後で測ってみると良い」

「そうしてみます」

 保有魔力量は生まれた時点で決まっているが、アリスとシンはそれだけを絶対視していない。魔力量の押し付けだけで、この世界の戦闘は成立しないことはアキトも理解していた。

「この体内を流れる魔力の量を増やすことで、その部分の身体機能が強化される。戦闘態勢になると無意識でも増えたりするが、これを意識的にできるようにする」

「それそのものが魔力操作の訓練になります。できるようになればマトリクスの構築も、もっとやりやすくなるわ」

 アキトがラプラスの魔眼を駆使すれば、魔法を発動させるためのマトリクスはすぐに覚えられるだろう。しかし、マトリクスの構築や発動位置の調整などは魔力の操作能力が求められるため、土台としてしっかりと固める必要がある。

「センスがあるやつは、これを応用して代謝活性ができるらしいが……」

「傷を治せるんですか?」

「ああ、小さい奴ならな。ただ感覚的な部分が多すぎて、俺には無理だったよ」

「私もできないから教えられないけど、一度は挑戦してみると良いわ」

 身体強化も代謝活性も同じことは魔法でもできて効果も高いが、相応に魔力を消費する。魔力操作によるものの効果はあくまで底上げする程度ではあるが、低燃費で長時間の維持が可能という利点がある。

「アキトは既に魔法を使える。体内の魔力を知覚することと、主要箇所からの放出はできているわけだ」

「であれば次に必要なのは、魔力を指先や足先などといった、身体の末端からでも放出できるようにすることです。ただし――」

「放出量を増やしすぎて、オーバーロードを起こさない程度に……ですよね」

 身体の各所から魔力を放出する訓練をすることで、流す量や経路をコントロールできるようになる。それにより身体強化も可能になるが、出力を上げすぎると魔力の通り道が破裂【オーバーロード】してしまう。

「身体強化はひたすら反復訓練ですから、棒術の訓練と並行して進捗を確認すると良いでしょう」

 棒術については、シンから槍術をベースに教えてもらうことになっている。体を動かすので、身体強化の成果を発揮するいい機会だとアリスは考えた。

「とはいえ、せっかくラプラスの魔眼もあんだ。既にできてる分野からなら、好きな魔法を教えても良いだろう」

「それなら、シールドよりも強力な防御魔法を使えるようになりたいです!」

 アキトが魔法について興味があることをシンは知っていた。だからこそ、この世界に馴染めるように色々なことを体験してもらいたかった。

「シールドが使えるなら、エスクードも作れるぞ」

「そうだったんですか!?」

「そもそも、防御魔法の基本はエスクードよ」

 エスクードは基幹魔法の物体形成で魔力を盾の形に形成するだけの魔法である。対してシールドはそこから派生した魔法であり、形成した盾を魔力操作で空中に保持する必要がある。少しではあるが、習得難度が高い。

「とはいえ、盾の扱いを習得する手間を考えると、魔法の基礎だけで済むシールドの方が手軽ではある」

「ただシールドもシールドで、色々とやれることは多いわ。攻撃を防いだ後のシールドを魔力に分解して回収したり、逆にバーストさせて攻撃に転用したりすることもできるから」

(今までのシールド、全部その場に捨てちゃった……)

 還元率は高いとは言えないが、継戦能力を維持するためには回収した方が良いとシンは付け加える。知っていた所でそんな余裕も技術も無いのだが、アキトはゴミの不法投棄をしていたのではないかと心配になる。

 放置されたシールドは時間と共に魔力に自然分解されるのだが、それを知ったのはもう少し後のことだった。

「他にも、防護膜を身体の表面に纏わせるスキンバリアがある。体の動きを阻害しないように、厚みと強度を調整して使う」

「傷口を塞ぐのに使われる魔法ですね」

「それは本来の使い方ではないのだけど……」

 本来は盾や鎧の強度補強として使用される。ただ、自在に形成できる強度のある膜のため、応急処置に使い勝手が良いのも確かだった。実際アリスも主にその用途で使用しているため、強くは訂正しなかった。

「安定した防御力なら、やっぱりエスクードですか?」

「ええ、もちろん。エスクードは魔法としてはシンプルな分、魔力効率が高いわ」

「それだけじゃない。シールドは攻撃の直前に展開する必要があるが、エスクードは事前に集中できる状態で形成することができる。魔法自体の効率もそうだが、状況に左右されずに安定した防御力を得られる」

 他にも変形や破損をしても、魔力の継ぎ足しによる修復ができる。これは魔力による形成体全般の利点だが、耐久性を求められるエスクードでは特に重要になる。

「実際にやってみましょうか」

 そう言うとアリスは魔法で雪をかき集め、1体のスノーゴーレムを作り出す。そして自身の右腕に風を纏わせると、スノーゴーレムに狙いを定めてリニアストームを放つ。

「うわ、シールドが砕けた!?」

 攻撃に反応してスノーゴーレムがシールドを形成するが、収束する烈風によって砕け散る。そのまま構えていた右腕も吹き飛び、アキトは思わず驚きの声を上げる。

「これがシールドの防御力。そしてエスクードだと――」

 残った左腕にエスクードを形成すると、スノーゴーレムは防御の構えをとる。そこにアリスが2発目のリニアストームを放つが、今度は破壊されることなく防ぎきる。

(防いだ。こんなに違うんだ)

「エスクードを破壊するには、どのくらいの威力が必要ですか?」

「そうね。このくらいかしら」

 耐久力の差を見せてもらったアキトは、エスクードの限界を尋ねる。それを聞いたアリスは右手を突き出すと、周囲の空気を巻き込みながら回転する風の弾丸を形成する。その回転は次第に勢いを増していき、収束していく暴風を伴って発射される。

「危ないから、下がっていて」

「……凄い威力だ。エスクードが粉々になった」

 暴風の渦【エアロブラスト】によってエスクードは砕け、構えていたスノーゴーレムもバラバラになる。アリスに言われて距離を取ってもなお、その余波でアキトの髪がなびく。

「決めました。僕は今の魔法を防げる頑丈な盾を作ろうと思います。そのためにまずは、エスクードについて教えてください」

「もちろんです。この里にも優秀な魔道士はいますから、助言を貰っても良いでしょう」

「時間はある。少しずつ進めると良いさ」

 目を輝かせて抱負を語るアキトに、アリスが背中を押してシンが見守る。それから3人は訓練を始め、夕食の時間になるまで続けた。

a snow covered mountain with a forest in the background

 食事を終え、アキトは部屋に戻って机に向かう。里の人から錬金術師ハインを紹介してもらい、彼から借りた魔法関係の本を横に見ながらノートにペンを走らせる。

(防御手段の方向性としては、全身を守る大型の盾……)

 アキトは脳内で警察が持つようなライオットシールドを想像する。そのうえで、シンとアリスから教わったエスクードの特徴を反芻する。

『エスクードの防御力は、形成するにあたってつぎ込んだ魔力の密度によって決まる。魔力を圧縮すればするほど硬くなるわけだが……限界はあるし、魔力効率も悪くなる』

『硬い物質を形成して、エスクードの表面を覆うという方法もあるけど……この場合は当然、重量が増加するわ』

(身体強化ができるようになったとしても、大きな金属板を取り付けたら重さで動かせなくなる……そう考えると、魔力だけで構築できるようにしたい)

 コンセプトを考えつつも、参考書にある魔法のマトリクスの立体構造式を模写して書き方を覚える。いずれはラプラスの魔眼で視たマトリクスを、記録として残せるようになりたいと考えてのことだった。

(順当に考えれば強化エスクードになるけど……)

「せっかくなら、オリジナルの魔法を作りたいな」

 通常のエスクードよりさらに魔力をつぎ込んで強度を上げた盾【強化エスクード】はあるが、魔法が使える異世界に来たのでアキトはあえて独自路線を進む。

(通常の魔力操作による圧縮の限界が強化エスクードなら……)

「重力魔法の出力なら、もっと圧縮できるかも」

 エスクードは魔力弾と同様に魔法を込めることもできるが、機能を追加すればその分消費魔力も増える。どこまで追求するかは魔力配分次第となるが、アキトはあえて無視して徹底的に防御力を追求する。

「魔力をケチって死にたくないからね。とにかく頑丈な盾を作ろう」

 それからアキトは訓練と一緒に防御魔法の開発に精を出す。時には遊び、時にはのんびりしながら、シンやアリスと共にエルフの里で充実した日々を過ごす。


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